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シニアネットフォーラム

今月のテーマは「持続可能な社会に向けて」という難しいお話。
お話して下さるのは 北大教授 横山隆先生 「持続可能な社会に向けて」とは何のお話?と思ったらエネルギーのお話でした。

人類は、発明をすることにより、より良い生活を求め、そのことによって経済が豊かになり、反面エネルギーの消費量が上がった。
自然エネルギーには資源に限りがあり、その上、石油も石炭も二酸化炭素を排出して、地球温暖化を招いた。
そこで、再生可能なエネルギー、太陽光、風力、その他が登場する。

お話は先進国、特にアメリカ、中国が経済を発展させ、地球温暖化を招いていると、発展途上国から非難を浴びている。
北大では今、総力を挙げて「持続可能な社会」すなわち、子、孫の世代へ繋げるための活動が行われていると紹介された。
結論は、各自がエネルギーの節約に日常、心がけましょうというお話でした。

画像でクイズや、紙芝居風にお話は進められました。エネルギーといえば原子力発電のお話が出てこなかったのが、ちょっと気になりました。

ここで思うこと
戦前、戦中、戦後を経験して生きてきた者には、今でも節約の習慣は消えずに残っている。しかし今の経済成長の時代を生きている人たちに、使わないときには、テレビの電源を切りましょう、ポットの電源を切りましょうと云ってもどうでしょうか?ここまで来てしまったら難しいでしょうね。
原発のゴミ処理、廃炉に使われているお金があったら、再生可能なエネルギーの開発にたっぷりと使う事が出来たでしょうにと。

お雛様

毎年の事ながら三月三日が近づくと思い出す。、長女が初めての御節句のときに(昭和33年)実家の母が桐の箱に入ったお内裏様を携えて、はるばるお祝いにやって来た時のことを。
その頃はようやく、日本の国も戦後の貧しさから、新しい世の中へと発展しつつあった時代.、それから数年をかけて全部を揃え、毎年子供達と床の間に飾るのが年中行事の一つとなった。
子供達が成長して家を出てからも、一人で毎年箱の中から、一体一体取り出しては、傷んだところを補修したりして飾った。
今では身のまわりをシンプルにと、そのお雛様とも悲しい別れをしてしまった。

おひなさま2  
今日は、これだけはと残しておいた、屏風と雪洞に立ち雛を飾った。
人間の一生などと云うものは、こうして一つひとつ諦めながらそれを受け入れて生きて行くもの、その先にまだ何かがあると希望を持ちながら。

「それでもこの世は悪くなかった」

今月の新刊、佐藤愛子の「それでもこの世は悪くなかった」を読んだ。

~人から見れば悲劇かもしれない人生。しかし、正々堂々、力いっぱい生きた私はいま、満足だ~と、こう云はしめた佐藤愛子の語り下ろしの人生論。
佐藤愛子

最後の~肉体はやがて滅びても魂は残る~の項はひとしお感慨深い。
{ 北海道の浦河町に土地を買い、家を建てそこに住んだ。ところが、その土地が大変な土地だった。
日本人がアイヌの土地を侵略して、非道の限りを尽くした、まさにその集落のあったところの土地を買ったのだった。
恨みを呑んで死んでいったアイヌの人たちの怨念の場へ、家を建てて住んだ。そうしたら、いろいろな超常現象が起きた。
借金と戦ってようやく終わったと思ったら、今度は怨霊との戦いが始まる。私の人生はなんだろう }と述懐している。
結局、その怨霊を鎮めるのに二十年かったが、そのお陰で、アイヌ民族がいかに優れた民族であったか、日本人が、清らかで何も知らない彼らに損得を教え、いかに堕落させていったか、そんなむごたらしい歴史を知るようになりました。
その結果、さすがに最後は戦わずにお詫びをするということになる。~~人は死んでも「無」になるわけではない、体は滅びても魂は残る、それを経験したのです私は ~~と。
今北海道ではアイヌ民族の華々しい活躍が始まろうとしています。

桜餅

朝食後お茶を飲みながら「こんな時あまいお菓子がほしいね」と何気なく云った私の言葉を思い出したか、娘が桜餅を買ってきた。

桜餅
季節はこんなところから春を感じさせてくれる。

薄茶
今年初めての桜餅、折角なのでしばらく振りに薄茶を点てました。
ほんのりと桜の葉の香りと、薄茶の香りがマッチして、独りで幸せ気分になりました。

茶の湯の道具は、手元に必要なものを少し残して、後は先生のところで使っていただいている。
お世話になった先生のお茶室の、落ち着いた雰囲気の中で頂いたお薄、あの雰囲気からは遥か遠ざかって何年になるだろう。
「いつでも遊びにいらしてね」と云って下さったが、何年か前の炉開きにお邪魔したのが最後。
娘が買ってきてくれた桜餅のお陰で、ずーと楽しんだ時期を懐かしく思い出させてもらいました。

春は名ばかり

テレビでは東京近辺の菜の花や梅が咲いている様子が放映されている。
北国北海道の春はどこまで進んでいるだろうか?。中島公園駅の出口から歩いて中島公園に入ってみると・・・・

中島公園1
数日前に行われた「ゆきあかり祭り」の賑やかであったろうと思われる跡がのこっている。
歩くスキーをしている人、散歩をする人など、やはり冬でも雪の公園は賑わっている。

中島公園2
菖蒲池のほうに行くと、池の面は凍っていて雪で覆われていたが、子供達が作ったのだろうか、池の中ほどにぽつんと雪だるまが。沢山のカモたちは何処でどのようにして春を待っているのだろうか。

中島公園3
冬の白樺林はすっきりと立ち、向こうの藻岩山まで透けて見えていた。
春まではもう暫く、気温が上がり、雪が解けて池の縁に蕗の薹が顔を出し始める頃が待ち遠しい。

後期高齢者

テレビを見ていると、今話題になっている後期高齢者を何歳で定義するか?を解説している。
ここ何十年も65歳以上と定められて今日に至っている。
自分のことを考えてみると、65歳などまだまだ老人とは思っていなかったし、70歳になってもシルバーシートに腰を掛けるのには勇気が必要だった。
ようやく80歳半ばに近づき、大病の後体力も落ちた今、悲しいかな自分は間違いなく後期高齢者と自覚せざるを得ない。

昨日は買い物に出かけて何日分かの食材を買って来た。三度の食事を用意してくれる人が居てくれたらいいなーと時々思うが、自分で出来るうちは楽しみとして?(少々負荷をかけて)元気を維持して行こう。

寒じめ
寒はとおに過ぎたが新鮮な「寒じめ雪菜」を見つけた。今夜は茹でて甘みのある御浸しにしていただきます。

ヒヨドリ2

ヒヨドリは留守の間に来ていたようです。

ヒヨドリ3
少し啄ばんでいった痕が残っているので、又きてくれるのでは?と心待ちにしていたが、夕方近くなってその日は姿を見せなかった。
023ヒヨドリ1
次の日の午前中、今日も出かけるので早く来てくれないかなーと待っていると、ようやく姿を現した、番である。
ヒヨドリは夫婦仲が良いらしく、必ず番で行動すると聞いていた。逃げられないようにそっとガラス越しにカメラを向ける。

020ヒヨドリ
用心深くチラッ、チラッとこちらを見ては啄ばんでいる、1羽が食べている間はもう1羽は上の枝に待っている、
そうこうしているうちの、バスの時間が来てしまった。後ろ髪を引かれる思いで家を出る。
夕方、ヒヨチャンはどうしただろうと急いで帰って来ると、、りんごはすっかりなくなっていた。
全部を食べたのか、それとも途中で下に落ちてしまったのか、ヒヨドリとりんごの最後は見届けられず、残念な気持ちだけが残った一幕でした。

ひよどり

ギーギーとベランダの外で声がするので、おやっと思って見ると楓の枝にヒヨドリが来ています。
思わず「ヒヨチャン今年もきてくれたのねー」と、あまり可愛くはないが私にとってはアイドル。
ヒヨ2
毎年今頃になるとりんごを食べにやってくるのだ。
今日はもう買い物はすんだので、明日早速行って、りんごを買ってこなくては。

ひよ1
「コトシハオリンゴナイノー」と云わんばかりにひとしきり囀って飛んでいった。

コンサートホール「Kitara」へ

なんと幸運なことか、友人から「チケットが1枚あるんどけどー・・・」と札響への誘いの電話が来た。
カレンダーを見ると4日(土)は運よく予定が無い、喜んで同行させていただく事に。
少し早めに娘の車で中島公園まで行って暫く振りに、文学館を廻る道を歩いた。
文学館1
文学館前に大きなパンだの雪だるまが座っている、子供達が作ったのだろうか?なんとなく笑みがこぼれてくる。

文学館2
今は常設の展示が在るだけで特に催し物はないらしく静か、そこからキタラまでは真っ白な雪の中に人が一人歩けるような細い道がついていた。

キタラ1
キタラに到着、地下鉄からの道を三々五々人が連なって歩いてくる。
2時、開場までは少し時間がある、こちらが先かと思ってホールに入り見回すと友人に先を越されてしまった。
人でホールいっぱいになった頃に開場がはじまった。
この寒さの中を行列をして手に入れたというチケットで、こんなに楽々と一番良い席に座ってコンサートを聞く、なんと申し訳なく有難い。

いよいよ楽師さんたちが入場、コンサートの始まりです。

「さっぽろ雪あかりの物語」と銘うたれた札響名曲シリーズ。

指揮 高関 健      ピアノ 牛田 智大     管弦楽 札幌交響楽団

プログラム
グリーグ   「ペール・ギュント」第1組曲 Ⅰ朝   Ⅱオーゼの死   Ⅲアニトラの踊り   Ⅳ山の魔王の宮殿にて

ショパン   ピアノ協奏曲   Ⅰマエストーソ   Ⅱラルゲット   Ⅲアレグロ・ヴイヴァーチェ

シベリウス  交響曲第2番ニ長調   アレグレット他3曲  (カタカナで舌を噛みそうなので省略)

「ペールギュント」は忘れもしない、始めてのお給料で買ったレコードの一枚。それは戦後なんの楽しみも無かった時代に「レコード鑑賞会」と言う20人程の会に参加、会員が一人一枚づつレコードを買って皆で鑑賞する、今では考えられない青春時代を過ごした。メロディを聞くとあの頃を思い出していとおしくなる。

004.jpg
ピアノ協奏曲では17歳の天才ピアニスト「牛田智大さん」の素晴らしい演奏と、まだ幼顔の残るすらりと伸びたお姿に感動、拍手がひときわ高くあがりました。

ススキの
キタラを出ると、夕日は円山の向こうに落ちてもう薄暮になっていた。ススキのまで歩くと街路樹の灯かりが次第にきらめきを増してくる。二人で夕食をともにして余韻を楽しみ、暗くなった夜の町をタクシーで家路についた。
プロフィール

piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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