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あと一日で二月です

南側のベランダから差すお日様の暖かいこと。
ストーブを止めていても24.9度の室温を保っている。
この冬も峠を越えたかな?いえいえ2月の寒さは油断できません。

今日は11時30分から「筆あそび」の仲間で遅ればせの新年お食事会があるので出かけます。
場所は何時も通っているホテルの2階「北海和庄仲じま」
11時12分のバスで出かけます。  たのしみ!!

帰宅してから記す。
行くときには旭山公園通りは車が渋滞で、これでは遅刻するのでは?と心配したが11時30分すべり込みセーフ。エレベーターで2階へ。
お店の「北海和庄仲じま」へのアプローチには行灯が並んでいて近づくとぽっぽっと明かりが灯る。

アプローチ

今日の参加は9名、皆元気に顔を合わせることが出来ました。
あたたかいお茶が運ばれてきて一口飲んでホッとしました。
メニューの中からそれぞれ希望の御膳をえらびます。

御膳
種類が沢山あって決め兼ねましたが、私は天婦羅御膳です。
こうして写真を撮って落ち着いてみると、品格のあるお店にしては盛り付けがいまいち?と思わないでもないな~~。

ワイン  プリン
 茶碗 珈琲
ワインを飲みながら、ご馳走もさることながらしばらく振りの顔あわせで、お話に花が咲いたよう。
薄茶とお菓子、プリンにコーヒーと矢継ぎ早に運ばれてきたので、落ち着いて味わう暇もなく時間が過ぎていったーと言う具合です。
でもたっぷりとお話が出来たので皆まんぞくして3時、食事会は終了しました。

総勢9名お店の人にシャッターをきって頂いて、記念写真を撮りました。
いつでも会えるお仲間なのにお別れするときには何となく寂しさを感じる。
歩いて帰る人、地下鉄に乗る人、バスの人それぞれ家路に着きました。
私は、バス停まで行ってみると、バス時間までは30分待たなければならないので、タクシーを拾って帰りました。

1月のカレンダーに書き込まれた全予定は無事に終了です。
今年の貴重な1ヶ月をあっという間に送ってしまいました。
2月は逃げると言います、が 少しづつ日が伸びて行く、そこに希望を託してと、自分を励ましている。

しばらく振りのコーヒータイム

先日大丸デパートに行ったときに、ケーキ屋さんの売り場に陳列されていたケーキが美味しそうだった。
買いたいなーと思いつつ用事があったので持って歩くのは無理!と横目に見て通り過ぎてきた。
と娘に話したら、新しく出来たケーキ屋さんが在るので行ってみようと車で出かける。
10分ほど走っただろうか、可愛いケーキのお店に到着。
カフェもできていたが、わが家でコーヒーをと、ついでにパンも買って帰って来た。

ケーキ
わたしはクリーム、娘はチョコレートのいちごのショートケーキ。

近くにスターバックスがあるけれど、出来てから一度行ってみたが、若者がスマホ片手に会話もせずにじっとしている雰囲気には馴染めない。
今日は娘が休日なので、珈琲を淹れてくれて二人のコーヒータイム、ゆっくりと楽しい時間を過ごしました。

らんこし米

         蘭越米

ほたるの里「北山農場」生産の「らんこし米」が届いた。
生産者の北山さんは、夫が仕事上や趣味で懇意にして頂いていた方で、現在は息子さんが後を継いでいる大きな米農家。
思えば今から50数年前になる、国の政策による「農業構造改善事業」という、それまでの人の手による米作りを、田植えから収穫まで機械を入れる大事業が行われた。

忘れもしない、まだ子供達の小さい時代、夫は毎日のように、夜勤が続いた。
水田を大きくするには、入り組んだ農地を直線にしなければならない。先祖代々の農地を譲り合って貰う為に先ず農家の人達を説得するところから仕事は始まった。

そんな時に農家のかたがたの代表として力になって下さったのが、今は北山農場主として「らんこし米」を日本一おいしいお米にまで育て上げた北山さん。

おとうさん、北山農場の「ななつぼし」ですよ、などと言いながら遥かに遠くなったあの時代を思い出している。

寂しさひとしお

平成5年秋にNHKの文化教室で出会ったのが、3人の初顔合わせだった。
それから、かれこれ25年、いろいろな出会いの中でも3人の絆は緩むどころか、堅くなっていくばかり。
短歌で結ばれていた時代の一番の思いでは、伊香保温泉を会場に行われた、全国NHK短歌大会に参加したしたときのこと。あの時はまだ65歳だった。
一番年が若い私はすべてを負かされて、千歳ー羽田ー新幹線ーそれから・・・・今ではもう忘れてしまったが、とに角迷わずに伊香保に無事到着した。
大会会場で待っていてくださった、NHK短歌講師の内田先生と初対面、「遠い北海道からよく来て下さった」と感激しあったのはついこの間のように思う。

3人会えばその時の思い出話で盛り上がり飽きることが無い。ところが恐れていた事態は起きつつある。
先ずBさんが12月も暮れ近くに、腰痛か起きて整形外科に行った所、脊椎の複雑骨折と診断されて、ギブスの生活を余儀なくされている。3ヶ月で復活できるとは云うものの87歳、元通りの健康体に戻られるかどうか?心配。

残された2人で今日会うことになっていたが、相棒のⅠさん、前々から患っている脊椎間狭窄症で杖を頼りの生活、今日の天候では無理をしないほうが良い、と言うわけで中止にする。こうなることは時間の問題であったのだからと諦める。

年を取る悲しみがじわじわと身に迫ってくる。
          
 カランコエ

手塩にかけたカランコエ、全部に花が咲きました。
って話しかければ応えてくれるものですね。

友人来訪

昨日に引き続いて今日も良いお天気。
パソコンに向かっている背中が温かい、と言うよりは暑い。
そうこうしているうちに「ピンポン」と約束どうり友達がやってきた。
リックにお土産を入れて、先日の新年歌会で会ったばかりなのに「げんきだったー」 などと言いながら。
まず蜂蜜入りの珈琲をいれて気持ちを落ち着かせる。
と言うのは、彼女、新年歌会の懇親会の折に、ハンサムな新人会員と席が隣同士になって会話が弾んみ「CDに取り込んだ自分の歌集を送るから見て下さい」と言われてあらステキとか何とか言ったらしい。早速そのCDが送られてきたはよいが、パソコン操作がままならない彼女、わたしを頼ってきたと言うわけ。

歌集
早速CDをパソコンにセットして印刷する、プリンターからは次ぎつぎと出てくるは出てくるは70ページに及んだ。

こんなに沢山の短歌を詠んで立派に編集出来たならば、誰かに見てほしいと思う気持ちになるであろう、その気持ちは理解できる。
驚いて見ている私に「こんなお手紙も入ってたの」と、パソコンで打った5,6枚の手紙、「えっ、みていいの」と少々たじろぐ私。
文面はさりげない、短歌を志したいきさつ、退職後の活躍している事柄、奥様を亡くしたことなどなど・・・。
読みおわってから彼女の顔を見ると、とても困惑している様子。そしてややしばらくして二人でふきだした。

時計を見ると12時を過ぎている。お昼にしようと言って、用意しておいた軽い食事をしながら話は続く。
彼女の心の中で何かが渦巻いているのが分かる。
食事が済むと彼女「わたしにお茶碗あらわせて」と云うので「あらーわるいわねー」と云いながらきれいに後始末をして貰った。

食後のデザートにいちごにヨーグルトをかけて蜂蜜をたらたらと垂らして食べながら、またはなしは続く。
そうこうしているうちに、彼女の心は次第に落ち着いてきた様子。
今度会った時に、先日は有難う、と言えばいいのよね。   そうそう、それでいいのよ、とわたし。

まだまだ日の暮れは早い、外が薄暗くなっていた。
「お汁粉食べる?」と聞くと彼女「頂きます」と言うので夕食はお汁粉にする。

そろそろ帰らなければ、と云って時計を見ると8時、JR駅前行きはもう来ない時間、円山公園駅まで見送ることにしてわたしもコートを着て二人で家を出る。バスを降りて地下鉄ホームまで電車に乗った彼女を見届けて帰って来た。

1胡蝶蘭
今日の一部始終を見ていた胡蝶蘭、わたしは微妙な立場に立たされて言葉を選んで話さなければならず、非常に気疲れを感じた一日でした。

背中がぽかぽか

1月も中旬を過ぎて大寒、寒中お見舞いが届く今日この頃。
それなのに今日の暖かさは間もなく春がやってくるのでは?と錯覚を起こすほど暖かい。
積雪量も40数センチとか、雪祭りの雪を運んでくるのに苦労をすることでしょう。
私のような高齢者には、とてもありがたい冬なのだけれど、そうとばかりは言っていられないほどの暖かさ。

花たちは喜んでいるかのように、次つぎと莟を開いて私を感動させている。

胡蝶蘭
何年も咲かなかった胡蝶蘭がこんなに咲くとは、ささやかながら私にとってはこの上ない喜び。

       カランコエ
短日処理で苦労をかけたカランコエも甲斐あって沢山の花を咲かせてくれた。
しかし花屋さんの店先で見るカランコエに比べると、花の首が長い、これは水のやりすぎか、日光がたりなからか、どちらにしても部屋を明るくしてくれてありがとう。

今日は短歌の友達が訪れる約束、11時ころのバス、おやっもうじかんだわ!!

新墾新年歌会

新年会

短歌結社「新墾」に入ってから丁度10年が経った。
短歌は平成2年義母の介護の生活から解き放たれて、何もすることが無くなり抜け殻状態のときに始まる。
いつも思い出すのは、あの時の夫の一言が無ければ、短歌の世界には入っていなかっただろうと。
それは、何気なく新聞の短歌の投稿蘭を見ていたときである。「短歌もいいなー」と背後からの夫のひと言。
短歌に関心が無かったわけではない私も、これから沢山の時間がある、短歌を始めてみようと踏み出したその時の一歩が今に繋がっている。その時60歳。
まず始めたのはNHKの通信講座、2,3年経って何故か顔の見えない先生とのやり取りが物足りなくて、NHKの文化教室「日曜短歌」に通いはじめた。その後3年ほどで講師の先生が亡くなられて、「日曜短歌」の講座は閉鎖。
迷子になっていたときにある結社の方からお誘いを受けたが、「結社には怖い人がいて厳しいらしい」と聞かされて二の足をふんでいた。
そんな時優しく「是非いらっしゃい。待ってますからねー」と声をかけてくださったのが、今お世話になっているT先生。

s三人
あれから歳月は流れてすでに年齢八十半ば。

短歌誌「新墾」を通して北海道のあちらにもこちらにも、遠くには九州、千葉にも歌の友達が広がった。
今の状態を何時まで続けられるか、自分のために、子供達のために元気で生きなければと改めて思う。
       
         sおすまし

 この十年、新年歌会には、かならず心を引き締めて和服で参加している。
今年になってからは当日になってあわてないように、数日前から着物、帯、その他もろもろ、履物まで準備しておいた。
若かった頃と違って、体の衰えとともに、着物もささっと着られなくなっている。
娘に来てもらって帯の形をなをしてもらったりしながらようやく着ることができた。

会場の「ホテルポールスター」まで娘の車に乗って時間までに到着、すでに三々五々参加者はあつまっていた。
参加者は遠くは旭川、深川、千歳、北広島から、そして札幌、総勢38名で時間通り開会。
三時間をかけて提出されている38首を披講、鑑賞する。最後に、特賞、天、地、人と入賞4名が受賞された。

 懇親会では緊張から開放され、皆で楽しい語らいの時間を過ごしました。
2次会は参加せず、タクシーで帰宅。時計を見ると19時30分、やれやれ疲れました。

あり難いことはもうひとつ、パソコンの友人が折角の写真なのだから、「ブログに載せなさい」といって写真を加工して下さった。
仮面舞踏会みたいだねと言いつつブログに使用させていただき感謝しています。有難うございました。

一足飛びに

年末、年始と人並みに忙しく日々は過ぎて、気が付くと一足飛びに一月は半ばとなっている。
今年も病院とは縁は切れないものの、一病息災とでも言うのか、この年齢にして大小の関っている会の新年会の日程が決まって気ぜわしいこのごろ。
昨日は1時間かけてバスを乗り継ぐ「はまなす短歌会」へ、明日は「新墾新年歌会」でホテルポールスターへ。
その他友達グループの新年顔合わせのメールも届いているので予定を組むのが大変。

毎朝お仏壇の花の水を取り替えながら、「おとうさん、わたしは元気で自由に楽しませて頂いてます」と感謝の言葉が出る。
         
残り花

お仏壇の花も毎日水切りをして整えているうちにこんなにシンプルになってしまった。

そう、明日の準備をしなければならない。それはともあれ抗がん剤の副作用のあかぎれ状態の手に薬を塗っているので、食事の支度、これが一番難儀。「はい、お食事です」と出てくる打ち出の小槌がほしい・・・・・・。
         

楽しかった新年会

有難い事に今年も無事に親戚一同20名集合、恒例の家族新年会が実家の弟宅で執り行われた。
今年は去年の秋、弟の長女が結婚したので新しい家族の亮君が加わることは大変嬉しい出来事でした。
昨日はしばらく振りにバスで行ったので、停留所で降りたあと、だらだら坂を登りつつ元気だった頃の両親も、こうしてこの坂を歩いていたのだなーと懐かしく思われた。
午後4時開始の予定がそんなことを考えながら行ったので、少々遅刻して、すでにみんな集合していた。

新年会1
テーブルの上は一品持ち寄りで、それぞれ自慢のお料理がならんでいる。

新年会2
姉が健在だったころは気配りをしてくれていたので、次女のわたしはのんびりとしていられたが、姉が居なくなった今も気配りの出来ないまま一番の高齢者となってしまった。
子供達の世代がそろそろ50代から60代、みな社会人として一翼を担って立派に働いている。
私たち親は高齢となっても子供達に迷惑をかけないように、自分の人生を楽しまなければならないと思う。
がしかし、子供達から見れば、親が高齢になっていく、それだけでも心配事なのだ。
何とかして今年も元気で乗り切らなければならない。
8時、中締めの乾杯を済ませてから、親世代はそれぞれ退席、そのあとは何時まで続いたことやら、こんなに仲の良いいとこ同士は無いだろうなーと、喜ばしく思う。
それもこれも皆慕っていく弟の家庭があればこそなのである。 有難うございます。

七草

その昔「若菜摘み」と云ってお正月の初の子の日に野に出て若菜を摘んだ、後に正月七日に春の七草を摘んでそれをまな板で叩いてお粥に入れて用いた~~~と辞書にある。
今ではスーパーで可愛い籠に七草がセットされて売られている。
昔のように自然を尊び、自然に感謝をする、ここに意味があるのではないだろうか..。

スーパーの商魂には乗せられまいぞ、と言う気分で横目で見て通りすぎる私。

             残り
少人数にも関らず、暮れから何や、かにやと用意した冷蔵庫の中の残り物も、ようやく整理がつきます、やれやれ。
           
             ドア
暮れに妹が作って持ってきてくれた、松ぼっくりのドア飾り、ひっそり暮らす私のお正月には相応しかった。
そろそろ、扇とお獅子を外して部屋の何処かに飾ります。どこにしようかと考えるのも楽しみのひとつ。

今日は午後4時から弟宅に親戚一同20数名集まって新年会です。
両親が健在の時から続く家族新年会、姉が亡くなって淋しくなったけれど、途切れることなく今年も行われる。
これはすべて弟夫婦のお陰です。いいえ、今では弟は外国からの観光客ガイドで家を留守にしがち、ほとんどは佳子さんのお陰です。有難うございます。

三が日もすみました

去年のお正月は温泉でゆっくりと迎えたが、今年のお正月も娘が年末年始9連休なので、御節もお雑煮も心配することなくぜんぶ担当してくれてあり難いお正月を過ごしている。
娘の作る料理は味も見た目もなかなかなもので、料理を習ったことも無いのに?と思ったら、なるほどスマートホンで料理検索、出来上がりは大したもの。
昔ながらのやり方で、ずーと何十年続けてきた私の時代は終わったと実感させられる。
これは、時代の発展と、平素の母親を見ていてそろそろ限界、と云うことになるのか、考えると当然のことと納得する。

           006.jpg

            胡蝶蘭の花が四つ開いてわたしを元気付けている

ラインで初日

           初日1
      元旦に東京の孫娘が初日の出を送ってくれました。

           
           初日2
 東京湾かな?素晴らしい!!!どうぞ良い一年でありますように。

平成30年は開けました

             平成30年年賀

                   開けましておめでとうございます

世界にとって、日本にとって、すべての人々にとって、そして家族、私にとって好い年になりますようにと心より祈ります。

旭山公園の頂上から初日の出を拝みましょうと楽しみにしていましたが、今年の初日は恥ずかしがり屋さん。真っ白な雲にお隠れになっています。

                          
            
お正月飾り
                  
                   ささやかなわが家のお正月飾り



プロフィール

piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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