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遅ればせの牡丹

もう何年経つだろうか・・・・住み慣れた家を手放して此処に引っ越してから。
あの時に、庭の花たちと別れがたくて、何種類かの花を妹の庭に移してもらった。
牡丹、をはじめツワフキ、シャガ、ミニギボウシ、べに紫檀などなど、花が咲く頃には知らせが届いて毎年1時間掛けて会いに行く。
ところが今年の牡丹は、予定していた日が大嵐で行けず、そのうちに牡丹の花は終わってしまった。

妹は撮っておいた写真を送ろうとしたら、何の手違いか?写真がすべて消えてしまったと言う。
あちらもがっかり、こちらもがっかりで仕方なく諦めていたところ、妹のだんなさんが、何処かに保存されていた写真を復活させてくれて、思いがけなくもわたしのパソコンに送られてきたではありませんか!!!。
今年は初めて花が7個も咲いていました。大切に育ててくれています。

       里子の牡丹

何度このブログに記録したことか、出会いは「或る年の秋も終わりの寒いホームセンターの店先、”100円”と値札をつけられて転がっていたポット入りのこの牡丹」
100円なら枯れてしまっても惜しくは無い、そんな程度の思いで冬を越してつぎの春のこと、牡丹は芽を出して大きな花を1個咲いてくれました。私はすっかりこの牡丹に情けをかけてしまいました。
妹のお陰で、毎年牡丹との逢うせを重ねることが出来るのです。

ささやかな幸せのお話です

涼しい公園

前々から楽しみにしていた「豊平公園」に友人3人で行く日です。
運がよいのか悪いのか、雲ひとつ無いお天気で気温31度、外を歩くのには少々暑かった。
と言うのは「ススキの駅」から「豊水ススキの駅」に乗り換えるべく、歩き出したのは良かったが、少し複雑で地下の入り口を見つけるまで無駄な歩きをして汗だく。
ようやく見つけて階段を降りて行くと、同じような年配の婦人にうろうろしながら「乗り場は何処でしょうか」と尋ねられた。
「私も行きますから一緒に行きましょう」と歩き出したがホームまでの距離の長いこと長いこと、今日のエネルギーの大半を消耗したような気がした。
電車がホームに入ってきてようやく腰を掛けることができた、が豊平公園駅は次の次、やれやれと思う間もなく下車をする。
時計を確かめると、待ち合わせ時間の丁度11時、一番遅いかな?と思って地上に上がると、
まだ誰も着いていない、わたしが一番。間もなく3人が揃って直ぐそばの公園へ。

紫陽花
公園に入り木々の間を通る涼しい風にホッとしながら、奥へおくへと行き、あずま屋でひと休み、ふと”ガクアジサイ”に目を止める。

せみ
”セミの抜け殻”が草の葉にしがみついている、どうして?木から落ちてここで羽化したのだろうか?

ハンカチの木
春に見たときは、白いハンカチをひらひらさせていたハンカチの木、ちゃんと実をつけていました。

アメリカ紫陽花
あちこちと歩いて、おなかがすいてきました、近くに住む友人が家まで行って車でくる間5分ほど、緑のセンター前の植え込みに「アメリカアジサイ」と名札をつけた白い大きなアジサイが、焼け付くような日に暑そうでした。

これから"かつ徳”と言う美味しいカツを食べさせてくれるお店でおしゃべりランチをします。
帰りは我が家まで送って下さいました。 行きはよいよいではなく、帰りはよいよいでした。

        有難うございました

「一千号記念大会」 印象記

「一千号記念大会」に参加した印象記を寄稿するようにと、編集部から電話が届いた。
半分命令のように、「断ったらだめだよ」ときついお言葉、何時もきりきり舞いをしている選者の方からの依頼を断りきれず承諾してしまった。

さあ、印象記と云っても、2日間の印象をどう纏めたらよいのか、数日思い巡らしていたが、30日の提出期限が迫ってくるし、少し頭を休めてからと、昨日の夕方円山公園までの散策をした。
切羽詰まっている時は、おかしなもので直ぐに取り掛かれず、昨日はお風呂に入ったり、洗濯をしたり、ブログを書いたり・・・・・。
そんなことをしているうちに、時間は進み11時になったのでベッドに入って寝てしまう。

今朝目を覚ましたのは5時丁度、ここ数年は体内時計が正確で、6時間の睡眠できちんと目覚めさせてくれる。
さあ今日こそ書いて提出するっと決めた。
夕べ寝ながらテーマを決めておいたので、書いたり消したり削ったりと思いのほかスムースにペンは進んでくれた。
400字詰め原稿用紙3枚と決められているので、きちんと収めるのが難しい。
昼食後、何回も読み直して清書をし、封筒に入れてからまた出してもう一度読んで封をした。
ポストまで日傘を指して行ってくる、30日の期限までは遅れずに提出することが出来たので”やれやれ”
夕食にはワインで一人で乾杯です
          
       新墾

夕方の散策

日中はお日様が出ていると暑いので、円山の向こうに陽が落ちるのを待って、円山公園まで散策に。
40度を越える暑い所に住んでいる人たちには申し訳が無いが、今日の気温は28度。暑いなどとは言ってはいけない気がする。
山麓通りを歩いて行くと、斜面にヤマゴボウがそろそろ咲きそうに花穂を伸ばしているところ。

ヤマゴボウ
夏が終わる頃、むらさきの実がつやつやと光ってぎっしりと生る。

あじさい2
此処のお庭のアジサイは傾斜地に植えられているので、見事。
紫陽花寺の雰囲気がある。

紫陽花1
ガクアジサイにもう夕闇が迫っている、これほど暗くは無かったが、カメラを忘れて出てきたので、スマートホンのカメラは正直。

虫取り
公園に到着、くたびれて、ベンチに掛けていると、ムシトリ網を持って可愛い子供が何の虫を見つけたか、夢中で追いかけている。
こういう光景は最近珍しい、嬉しくなってカシャリと撮らせていただきました。
樫の大木の下で遊ぶ子供達、こちらまで幸せな気分にさせてもらいました。

時間は丁度5時、夕食を円山クラスのレストランで、帰りはもう余力が無いのでバスで帰りました。
お風呂で汗を流して、洗濯が終わってからブログ更新、なんだかしばらく振りのような気がする、何日ぶりだろう。

(歩いた歩数は5348歩)

除湿機 新調

毎日湿度が高い上に、大型改修工事で建物全体が、すっぽりネットで覆われ、思うようにベランダも開けられない。
洗濯物もパリッと乾かないし、今日は娘と「ベスト電器」に行って除湿機を買ってきた。
種類がおおくて、決めかねたがわたしにしては少し張り込んで買ってた。

除湿機
まず納戸が湿っているので置いてみると、溜まること、溜まること、半日でタンクに2リットルくらいたまった。
湿度計を見ると70パーセント、いくらも減らないので溜まった水を捨てては、しばらくは置くことにする。

そうそう、帰りにしばらく振りだからランチをして帰ろうと、珍しいお店に入ってみた。
そこは山麓通りのとある新しいお店だった。

窓に向かって腰掛けるカウンター式の席で、窓越しに住宅街が見える小高いところ。
手前には多肉植物がプランターに植えられて、向こうの景色を遠景になって見えるのが面白い。

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向こうの背の高いのは窓の外、手前の植物は部屋の中と言った感じで外と内が一帯になって見える。

メニューは”焼きカレープレート”
ご飯の上にいろいろな野菜と、肉、卵をのせて焼いてあるアツアツのカレーでした。
お味?マアマア~~サラダ添えでした。

思いがけないミニドライブで家に帰ってきました。

かりんずのジュース

      友人お手製の かりんずの甘酢ジュース です。

     かりんずの甘酢ジュース
    ラベルもお手製、何でも手作りしてしまうスーパーウーマン。
    今では何もしなくなくなってしまった私。
    今日こそは、口を切って頂くことにします。

     ジュース
       グラスはかれこれ4年前にお見舞いに頂いた
      小樽の北一ガラス 「ふくろうのカットグラス」です
          氷を入れて冷たくして さあ頂きましょう
            カリンズの香りが甘酢とマッチして
              口いっぱいに広がりました
                                    

絵本を楽しむ会

昨日の絵本を楽しむ会も、何時もの例会と変わらず、なかなか心に響くお話が出揃いました。

s-絵本1

戦争のかなしい出来事、3・11のきせきの一本松、その他読み手が感情豊かに、また方言をたくみに使って読み聞かせる。
会を重ねるほどに、絵本とは言いながら胸を打つものがある。
そんな中をぶっつけ本番で、読み手デビューをすることになった。

読む絵本は、アメリカの絵本作家エズラ・ジャック・キーツと言う人の、日本の俳句をもとに、イメージをふくらませ、絵とコラボレーションさせた絵本。
「日本の俳句と言う、たった17音で自然の美、心の動きをみごとに表現するこの詩が、世界中の人に「ハイク」として楽しまれていることは素晴らしいことです」とは訳者のいぬいゆみこさんの言葉です。

       s-表紙

表紙の1句      春の日や庭に雀の砂あそび

s-カタツムリ

          朝焼けがよろこばしいか蝸牛       一茶    

     s-えほん4

最後までは長いので途中まで読んで「この辺で終わりにいたします」と言って終わりにしました。
思いがけない、読み聞かせデビューです。
この絵本を私に読ませようと、わざわざ図書館から借りてきた友人は、撮った写真を加工して今朝メールで送って下さった。
思いがけないわたしの一齣として残しておきましょう。

少年たちの未来は

運動不足解消に、てくてく歩いて円山公園に行く途中、坂下野球場で可愛い少年達の野球の練習中に出会う。

坂下グランド2

バックネット越しにしばらくその可愛い様子をみていたが、何か問題が発生したか、声は聞こえるが何かもめている様子。
何はともあれおそろいのユニホームを着て可愛い小学生たち。コーチらしき大人が近づいて来た。

しばらくベンチに腰を掛けて様子をみていたが、問題は解決したらしく、また元気に掛け声を掛け合って練習が始った。
この子供達には、どんな未来が待っているのだろうか?

気がつくと随分遠くに来てしまった思いに駆られながら、また立ち上がりてくてく歩き始めた。

千の水晶

こんな雨の日に、出かけるのは億劫だなーと思い迷いつつ、それでももしかして晴れるかも?と勇気を出して玄関を出る。
傘をひろげながら植え込みの躑躅を見ると、水滴を飾る花に目を奪われた。

千の水晶
  
         雨の日の心は憂しとおもふ間を花にきらめく千の水晶

7月はまなす短歌会へ

宵の雨は上がったものの空はどんよりと曇って、気温は暖かいのか、涼しいのか、とりあえず傘を持って家を出る。
少し早めに家を出たら、11時12分のバスが来るまで5,6分あるので次のバス停まで歩いて行く。
振り向くと丁度向こうからバスがやってきた。こんな冒険?もそろそろ出来なくなってくるなーと思いながらバスに乗る。
何時ものように大通り4丁目で下車、大通公園を斜めに横切りながらゆっくりと次のバス停まで。

大通り1
まず歩道から一歩入ると、雨に洗われた色とりどりの花壇の花たちが美しい。
この花たちとの一期一会などと大げさなことをフッと思ってカメラを取り出した。

大通り2
歩きながらいろいろな花壇を鑑賞しつつ向こうに見える噴水の広場へ。

大通り4
噴水の回りのベンチには沢山の人たちが賑っているが、さすがに今日は噴水の回りに寄っていく人は居ない。
何時もは高く低くリズミカルに噴き上げている噴水もお天気に合わせて低くて静か。

大通り5
おかあさんと子供達が集まってたのしそう、子供の背中が可愛く並ぶ。

大通り6
さあこうしては居られない、バスの時間が間じかに迫ってきた。

薄雪草

エーデルワイスと言われるこの神秘的な花を、お庭に沢山咲かせているooruriさんがメールで送ってくださった。
今では前に住んでいたささやかなお庭を思い出すよすがとなってしまった薄雪草、プリントして毎日見ています。

ウスユキ草

ミュージカル映画「サウンドオブ・ミュージック」で歌われた”エーデルワイス”ドイツ語で「高貴な白」と言う意味だそうです。
なるほど!そういわれると色はうっすらと白くビロードのように、雌しべ、雄しべもつつましく、全体から受ける印象も、他の花のようにけばけばしさが無い。
見ていると自然に心が休まるような感じがする。 ooruriさんありがとうございます。

何年ぶりになるだろう

新制高校第三回卒業と言えば、本当に遠い昔になってしまった。
戦後の教育制度はまるで180ど転回その渦中で翻弄させられた年代である。
太平洋戦争も末期の昭和20年の4月に、苦労して入学した、旧制中学生、女学校生だったわたし達。
その年はほとんど勉強らしきことをせず援農に、工場に駆り出された。
夏休み中に終戦となり、2学期には教科書の、戦争放棄後に教えてはならない部分を筆で線を引いて消す作業が待っていた。
教科書の大半は黒塗り状態だったことを記憶する。
間もなく新聞紙のような教科書が配布になり、先生の指示に従って折ったり切ったりして薄い教科書にする。

そんな混乱した時代の中、3年生で新制中学の義務教育の卒業となり(その時に大半の人が卒業)それから新制高校1年へと進学して男女共学が始った。
高校1年の時から、アメリカ式にクラスは超学年制、1年生から3年生が混ざったホームルームとなる。
考えると、時代に翻弄されたなんと不幸な時代だったことか、しかし恵まれていない時代だったからこそ、皆助け合って苛めのような行いをする者は居なかったし、希望を持って学んでいたように思う。

仲良しだった同級生が次つぎと他界して寂しくなった折も折、誰からとも無く声がかかって4人でお食事会をすることになった。

中村や2
札幌駅で待ち合わせ。
何年か前のクラス会に顔を合わせて以来だけれど、お互いに合えば直ぐ分かって元気を確かめ合えたのは嬉しい。
それから予約しておいたホテルまで、歩きながら語り合いながら到着。

中村や1
はい、到着です。およそ百年の歴史を持つふるい面影を残す中村屋旅館です。

なかむらや3
11時から午後の2時まで、お部屋を借りてランチです。
美味しいお料理を頂きながら、話題はさまざまにひろがって、脳はそうとう活性化したことでしょう。
食後にはコーヒーとケーキが運ばれて美味しく頂きました。

赤レンガ旧道庁
このままお別れは淋しいので、散策をしながら赤レンガのお庭に出ました。
雨のあとだけあって、レンガの色に緑が鮮やかです。

池1
池のほとりを通ると、蓮の花が咲き、まわりの木々が水面に映えて都会の中とは思えない静けさ。

池2
この池で育ったかもの雛たちがこんなに大きく育って、親かもと離れて泳いでいます。
ゆっくりと散策しお互いに元気を確かめ合い、今度は秋に会いましょうと約束をして大通り駅でお別れしました。

新墾発刊1000号記念大会

昭和5年1月新墾発刊以来今年の9月号をもって1000号となる。
今年の大会はその1000号を記念するお祝いの大会であった。
一会員の私がこんなに忙しい数日だったのだから、この大会を成功させる為に、数年前から準備に取り掛かっていた主宰ほかの先生、幹事の方々のご苦労は想像に余りある。
今日の私の役目は、9人で受付担当です。北海道の各地から、遠くは北九州市から、東京近辺からも数人前日よりここ「ホテルポールスター」に宿泊しての参加者も数名。総勢90名。
祝い3
会場にはお祝いの大会に相応しい筝曲の音が奏でられて、三々五々集まってくる会員を迎えている。

祝い2s-007
いよいよ開会式が始りました。
足立主宰のご挨拶は何時ものように堅苦しくなく、創始者小田觀蛍師の「新墾誌」を護るべく辿ってきた、戦中の文筆統制、戦後の紙不足の時代、等などのお話に耳を傾ける。
その後 第45回小田觀蛍賞、第59回新人賞、年間作品活動賞の受賞式で開会式は終了。
昼食後、3班に分かれて、班別歌会

祝い1
それぞれ30名3班に分かれて班別歌会がはじまる。
私は3班で年に1度の大会にしか顔を合わせることのない会員の方々との歌会は、緊張するが次第に和やかな雰囲気でいろいろな意見が出て、緊張と楽しさの2時間でした。

3班の歌で一番に選ばれた歌
初夏のひかりあまねしこの星の子らの頭上に戦よあるな

拙作
折節の心揺さぶり詠みゆかむ言の葉の樹あふぎ見るまで

その後「祝う会」6時より開催。
来賓の方々のご挨拶が続いて、遅い朝食だけでお腹がすいていたので時間が長く感じられた。
例のごとく乾杯の後歓談、会食が始った。
千葉県に移ってから年に1度の再会の友人と懐かしくお話が出来た。
2次会には出ないで散会の乾杯の後は着物を着ていることももあり、また夜なのでタクシーで帰宅、2日目に備える。

第二日目
9時より全体歌会、昨日の歌会の各班から話題にあがった作品を2首づつ選んで6首がまな板の上に乗せられて、意見集中。

続いて特別研修
「新墾短歌の伝統と現代性をめぐって」という難しいテーマで足立主宰の司会で5人の選者が意見を出して合い討論をする。
討論の中から 1新墾短歌の発想 2難解さ(比喩) 3表現と表記 (新墾の短歌の持つ批評性)・・・・難しい・・・・

読む力の或る人には分かるが力の無い人には難解 (中には難渋な歌もあるがこれは論外)

平易な言葉で深みのある表現をする (わたしはこれが好き)

こんなに難しいお話を聴いてどれだけ自分のものに出来るのだろう?
もう今では難しいことは出来ません、私は私の道を行きますと言いたい。

会が終了、千葉からの友人と少しの時間お別れを惜しんでさようなら~~~。
外に出ると土砂降りの雨、タクシーで帰りました。

    ~~~よく頑張りました~~~

プロフィール

piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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