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何年ぶりになるだろう

新制高校第三回卒業と言えば、本当に遠い昔になってしまった。
戦後の教育制度はまるで180ど転回その渦中で翻弄させられた年代である。
太平洋戦争も末期の昭和20年の4月に、苦労して入学した、旧制中学生、女学校生だったわたし達。
その年はほとんど勉強らしきことをせず援農に、工場に駆り出された。
夏休み中に終戦となり、2学期には教科書の、戦争放棄後に教えてはならない部分を筆で線を引いて消す作業が待っていた。
教科書の大半は黒塗り状態だったことを記憶する。
間もなく新聞紙のような教科書が配布になり、先生の指示に従って折ったり切ったりして薄い教科書にする。

そんな混乱した時代の中、3年生で新制中学の義務教育の卒業となり(その時に大半の人が卒業)それから新制高校1年へと進学して男女共学が始った。
高校1年の時から、アメリカ式にクラスは超学年制、1年生から3年生が混ざったホームルームとなる。
考えると、時代に翻弄されたなんと不幸な時代だったことか、しかし恵まれていない時代だったからこそ、皆助け合って苛めのような行いをする者は居なかったし、希望を持って学んでいたように思う。

仲良しだった同級生が次つぎと他界して寂しくなった折も折、誰からとも無く声がかかって4人でお食事会をすることになった。

中村や2
札幌駅で待ち合わせ。
何年か前のクラス会に顔を合わせて以来だけれど、お互いに合えば直ぐ分かって元気を確かめ合えたのは嬉しい。
それから予約しておいたホテルまで、歩きながら語り合いながら到着。

中村や1
はい、到着です。およそ百年の歴史を持つふるい面影を残す中村屋旅館です。

なかむらや3
11時から午後の2時まで、お部屋を借りてランチです。
美味しいお料理を頂きながら、話題はさまざまにひろがって、脳はそうとう活性化したことでしょう。
食後にはコーヒーとケーキが運ばれて美味しく頂きました。

赤レンガ旧道庁
このままお別れは淋しいので、散策をしながら赤レンガのお庭に出ました。
雨のあとだけあって、レンガの色に緑が鮮やかです。

池1
池のほとりを通ると、蓮の花が咲き、まわりの木々が水面に映えて都会の中とは思えない静けさ。

池2
この池で育ったかもの雛たちがこんなに大きく育って、親かもと離れて泳いでいます。
ゆっくりと散策しお互いに元気を確かめ合い、今度は秋に会いましょうと約束をして大通り駅でお別れしました。
プロフィール

piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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