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ベランダが水浸し

昨日はしばらく経験しないような大雨が降った。
外壁の工事も終了して、ベランダをきれいに掃除をし、鉢花を2,3鉢飾ってやれやれと思っていたのに、今朝カーテンを開けるとベランダの床が半分くらい水が漬いていていてビックリ。
見ると配水管が詰まっているらしく、ベランダの床にあふれ出している。
これは大変と管理組合に電話をするが時間的にまだ繋がらない。
どうしようどうしょうと、うろうろするばかり。水はどんどん迫ってくる。

ようやく電話がつながって現状を話すと、さすが管理組合、30分も経たないうちに、業者がやってきた。
雨の中、若いおにいちゃん、ベランダの中と外をぴょんぴょんと柵を超えて出入りして何かをしているうちに、ガボガボゴボゴボと音をたてて水は引いていった。
工事のお兄ちゃん、来たときは玄関から入ったが、びしょぬれになって「このまま失礼します」とベランダをぴょんとのり越えて帰っていった。
雨はそのうちに小降りになって、夕方には止んでしまったように思う。豪雨に何度も襲われた地方を思うと一言もない。

こんな程度の雨でビックリして大騒ぎをしたようだが、此処はマンションなのだから、一階に住んでいる者が現状を知らせて処理してもらはなければ、と自分を納得させている。そのうち管理組合から何か言ってくるだろう。
あのときはジャブジャブと上の階から音をたてて落ちてくる水に驚いて、カメラで撮ることなど頭には無かった。
        配水管
何事も無いようなこの配水管、10階からの水を集めて落ちてくる水量と音、みるみるベランダに水が迫る様子を見ていて恐ろしさを感じた。昨日の出来事でした。

幕末に生きた旅の巨人 松浦武四郎

武四郎
蝦夷地を”北海道”と松浦武四郎によって名づけられてから150年、それに因んでいろいろな催しがあるが、中でも北海道博物館での「明治維新に生きた旅の巨人」と銘打った松浦武四郎展は見逃せない。
明日で終了と言う昨日、娘の車で連れて行ってもらう。

武四郎展1
明日で終了と言うこともあり、駐車場は満配状態、少し待って入ることが出来た。
会場内はどの展示場も家族連れ、親子連れ、特に小学生も沢山来ていたのは嬉しいことである。

武四郎さんは、明治政府より判官として蝦夷地の調査を命じられ6回にわたって調査のために往復している。
アイヌの人達の案内で海路を、また陸路を、隈なく調査をし記録をし、政府に報告した。
何冊にも及ぶ手書きの、スケッチをふんだんに取り入れた日記の緻密さに驚かされる。

また武四郎さんは収集家でもあった。行く先々で見つけた美しい石で大きな首飾りを作って首につけているのが印象的。
その他の大小の収集物を、畳に横になりその回りに並べ、自らの涅槃像を描かせた掛け塾などは面白い。
どちらにしても、アイヌの人たちの協力を得ながら、わらじ履きで、道なき道を掻き分けて野山を歩き、手漕ぎの木をくりぬいた船で海を駆け巡った努力、その困難は想像を絶するものがある。

武四郎展2
ひと通り見終わって休憩、窓から百年記念塔を望む。
50年経って老朽化していて危険なので取り壊しが話題になっている。

武四郎展3
あたりは原生林、駐車場までの近道を行く小路は蝦夷松の林。

きのこ
足元を見るとかわいいきのこが傘をひらいている。

今日は思いがけなく願いが叶い、運転手つきで”武四郎展”を見学することが出来て良かった。
認知症にならないように努力する生活も楽しみ半分、後の半分は大変です。
昨日に続いての外出、いささか疲れました。

帰り道、娘が”真心庵”の出来立てお弁当を買いました。家に帰って二人で美味しく頂きました。
        有意義な今日一日でした 有難う


 わらじ履き未開の地に入る武四郎 テシオ・イシカリ・マシケ・トママイ

 蝦夷の地を北海道と命名すキラキラ光るアイヌ語地名

8月フォーラム&創成川公園

”認知症の最新情報と予防の可能性”という今最も関心を抱いている演題のお話が聴けた。
参加者は60名定員のところに、74名が集合、講師のスーデイ神埼先生の一言一句を聞き逃すまいと皆真剣に聞き入った。

* 現在の時点で、認知症の遅延薬は出ているが、治す決め手の薬は無い。

* 予防として
  危険因子の予兆(眼の異常、立ちくらみ、糖尿病、)に気が着いたら早めに診断を受ける。
  知的刺激のある生活をする(たとえばダンス、運動など)
  質の良い睡眠(7時間くらい、寝るときの体位は横向きがよい)
  社会的活動、たとえばボランティアなどなど(今ではボランティアを受ける側になりつつある・・・・)
  
結局年齢とともに脳は厭でも老化をしていく、萎縮していく脳の画像を見せられながらぎょっとしつつも、参加者は皆何とかして現状を維持しなければと強く思って散会をした。

12時フォーラム終了後ウオーキングを兼ねて”プラザ星塩”から創成川公園を歩いて全日空ホテルまで。さあ出発です!!

創成公園1
歩き出して間もなく創成川公園に入ります。人と人を結ぶ水と緑の公園です。

      創成公園2
間もなく左手に”狸小路”の入り口が見えてきました。しばらく来ていないのでこちら側から見るアーケードが美しい。

創成公園3
右手、創成側の向こうに二条市場が見えてきました。むかしお正月が近くなると、母が沢山の買い物をして背負って帰って来たことを思い出します。

      創成公園4
橋を渡って右側の道を歩きます。向こうにテレビ塔が見えています。

創成公園5
創成橋です。明治2年に建てられた札幌最古の橋です。

創成公園6
       「北海道里程元標」
明治六年北海道の道路の起点として創成橋東袂であるこの地に置かれた。

創成公園7
創成川の元となる、大友堀を造った大友亀太郎の座像がある。
札幌の街が、東西南北、碁盤の目に道路が造られたのは、大友亀次郎の大友堀のお陰なのですね。

この創成川公園が整備されてから初めて来てみたので、あまりの変わりように眼を見張るものがあった。
もう一度と言わず、何度も来て札幌の歴史を学ばなければならないと思った。

その後は友人とランチです。ホテルのランチは慣れていないので戸惑ったが、高級感を味わうことが出来ました。

ランチ1

ランチ2
               ご馳走様でした






  

わが指定席

改修工事が終了したあと、足場に押さえられて傷んでいた楓の木が、留守をしている間に剪定されてきれいになっていた。
今日はベランダに落ちている葉を掃除して、ホームセンターで、ひときわ鮮やかな赤のインパチェンス一鉢買ってきた。

        インパチェンス
どうです この赤い色!! ニューギニア・インパチェンスと札が付いている。
知らずに買ってきたが、花言葉を見ると「がまんできない」とのこと、だいぶ我慢させられた私にピッタリの花だ。
我慢できないとは、成熟した実に触れると直ぐにはじけてタネを撒き散らすことに由来するとか。
いずれにしてもわたしの気分は晴れ晴れとした。
部屋の中でモヤシ状態になっていた2、3鉢も一緒に、並べたり置きかえたりして中から良く見える位置を調整する。

         s-ベランダ
こんなささやかな事に幸せを感じている自分がいじらしくもあり、自分が自分に同情してしまう。
部屋の中の一番良く見える位置に椅子を置いて、幸せを感じている今日の私です。

 ひと鉢のインパチェンスが主役なりベランダに向くわが指定席

朝は爽やか

久々に午前6時、環状線の白雲木並木道を歩く。
と言うのは、ドライフラワーのリース作りを趣味にしている妹が、前々から白雲木の実が欲しいと云っていたので、知らせてあった。
打ち合わせどおり6時に到着、環状線にもかかわらず、車も人もたまーに通るくらいで閑散としていた。

白雲木の実は秋になるとパカンと割れ、パラパラ地面に落ちて踏みつけられれ仕舞う。
今の美しい状態のまま乾燥すると、リースを作る材料になるとのこと、妹は1時間を掛けて車でやってきたのだ。

白雲木1
今が丁度よく美しい若草色になっている。が、木が高いので形のよいのは上の方で手が届かない。

白雲木3
柄の長い剪定鋏を持ってきたので、辛うじて下の方に生っている実を籠に一杯採ることが出来た。

コーヒーでも飲んでいかない?と誘ったが、手土産の入った紙袋を渡して、忙しい妹はそのまま喜んで帰っていった。
妹を見送って帰り道、ムラサキツユクサに出会う。

ツユクサ1
朝露を光らせた青紫のなんと美しいことだろう。朝でなければ見ることの無い花の美しさだ。

水引草
家に入る前に、横の楓の木の下の草花たちはどうなっているだろうと、まわって見ると、工事は済んだものの痛んだまま少しづつ元気を取り戻していた。
水引草が2,3本伸びていたのでシャッターをきってみたが、少しの風にもゆれてなかなかピントが合わなかった。ごめんね。

ナミキ草
草の陰にナミキ草が咲いていた、根が残っていたんだねー。
久々の朝の空気はとても爽やかで美味しかった。


春の白雲木思い出してみています。
花の命は短くて桜と同じに、咲いた花を楽しむ間もなく散ってしまう、儚い花。
春の白雲木

嬉しいプレゼント

実家の佳子さん、畑を始めてから何年になるのだろう。
今ではプロ級の立派な野菜農家、自宅の畑のほかに、仲間と共同で野菜を作り、施設に運んだりお祭りに売り出したりしているようだ。

    新鮮野菜

昨日はわが家にダンボールにいろいろな野菜を詰め込んで運んできた。
どの野菜も新鮮でピカピカ。あまりの見事な野菜たちに歓声をあげてしまった。さてこの野菜たちを一人では食べきれない。先ず娘に来て貰って鑑賞する。
娘は好きなのを選んでもっていった。しかしまだまだ沢山ある、今度は妹に電話を掛ける。

かねてから、妹夫婦の家で夕食をしようと約束をしていたので、佳子さんの野菜をお裾分けしながら、妹宅で夕食をご馳走になることに決定。
たまたま日曜日で好都合、娘の車で野菜をつめた大きな袋を持って送り届けてもらうことになった。

夕方近く、碁会所から帰って来た妹の夫とともに、3人のささやかな酒宴が始った。
佳子さんの野菜のお陰で、ワインやビールを飲みながらの楽しい時間を過ごすことが出来たのは思いがけないことだ。

7時、娘の迎えの車が来るまで、しばらく振りの3人の楽しい時間をすごすことが出来た。
お互いに80歳を越えて、健康で毎日を楽しく過ごしている有り難さ、この年齢だからこそ感慨深く感謝の念が湧いてくる。

ほろ酔い気分で娘の車に乗って帰りました。  
 佳子さん有難うございます、純ちゃん有難う 

73年は夢のよう

 浜茄子の砂浜かけて帰省する敗戦するとはつゆ知らぬ夏

 「敗戦」はプライドゆるさじ「終戦」とふつつましき比喩に依りかかりゐる

 戦中より 戦後 現在 一直線八十余年はかりそめならず


戦争が終わりを遂げたのは、旧制女学校一年生の夏だった。
1学期は授業を受けることなく、お父さんが出征した農家に今では死語となった「援農」に駆り出された。
夏休み、懐かしいわが家へ帰るバスは木炭バスと言って燃料は木炭、石油はすべて戦争のために使われる窮状だった。
バスが坂道にさしかかると、エンジンが、止まってバスが動かなくなる。乗客が皆おりてエンジンがかかるまで後押しをする。
こんなことを何度も繰り返す。わが家まではあと3キロほど、一刻も早く家に帰りたいその一心で海岸の砂浜を走って家に帰ったことが思い出される。
その時の砂浜には、浜茄子の花が何処までも続いていて美しかった。走って走って息が切れそうになりながら走った。

   s-八重のはまなす
                       イメージ

夏休みも終わろうとしていた8月15日、ラジオが「玉音を放送するので皆謹んで聞くように」と云っている。
天皇陛下の玉音放送は、ラジオの雑音に消されて、戦争が終わるのかどうなのか?が分からなかった。
田舎だったので、「戦争が終わったらしい」とはっきりと理解するまでには時間がかかったような記憶が残っている。

テレビもスマートホンも無い73年前、日本の国は貧しい貧しい発展途上国として「無」から復興、現在があるのです。
生まれた時のノモンハン事変に始って支那事変、大東亜戦争まで、子供の時は戦争の時代だった。
愚かな戦争は絶対に起こしてはならないのです。
現在の日本の周辺の危うい状態、国を司る人たち、しっかりと政治を行って下さい。

雨の墓参

8時出発、忘れ物が無いかチェックして車に積みました。天気予報通り雨です。
去年はこれで大丈夫と車を発進、ややしばらく走ってから、ふと気がつくとサンダルを履いたままでした。引き返す事も出来ずサンダル履きのお墓参りでした。
今年はそんなことの無いように念を入れての出発です。

墓参1
このくらいの雨なら何とかなるだろうと走っていくうちに中山峠まで来ました。
向こうが明るんできたように見えます

墓参
到着したころは小雨状態、用意してきた雨具を着てお掃除、お花やお供物、ろうそく、お線香を飾って居るうちに、坊守さんがお見えになりました。
お経を頂きながら、何時もはせみ時雨で賑やかなのに今日は雨のせいか、シーンと山が静まり返っているなーと思った。
どこのお墓も、新しいお花が供えられて美しい。
雨のなか、お参りが済んでから少しの間、坊守さんと懐かしいお話を交わしてお別れする。
お供え物を片付けてフッと写真を撮るのをわすれていた事に気が着いた。
お花だけのお供え物でちょっと淋しい写真だが、東京の娘にラインで送信する。

墓参2
親しくしていたお友達の家を2軒訪問して懐かしさに涙がホロホロ、娘に笑われるがこれも年のせいにしておきましょう。

墓参4
羊蹄山は雲に隠れて裾野が少し見えるだけ、今年は会えずに帰ります。

     墓参5
雨の降る落葉松の林の道は、何となく異界に向かっていくような感覚に襲われます。

墓参6
雨がだんだん強くなってワイパーがせわしく動く、間もなく中山峠にさしかかります。

      墓参7
峠間じかになって雨はますます強く降り出してきた。定山渓を過ぎると雨に降られながらも、お墓参りも無事に終わったなーとホッとした気持ちになる。
札幌に近づくに連れて、雨は次第に小降りになってきた。娘の運転に身を任せて走るうちに、懐かしい川沿の街を通り過ぎ、無事にわが家に到着です。年々身に重く感じてくる墓参も無事に終えることができました。   ありがとう

帰り道

地下鉄駅を出ると陽が円山の陰に傾きかけている。
さて、”今晩の夕食は”と考えると準備をしてこなかったせいか、何時も気になっていたイタリアンのお店が頭に浮かんだ。
そうだ、今日こそあのお店に行ってみよう。
そのお店は何時もバスの中から見ていて、わが家にほどちかい所に在る小さな、でも何となく気になる雰囲気。
バス停を二つ手前で降りる。初めてそれも一人で、、昔の自分では絶対に出来ない冒険、これも齢のなせる業。

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中に入ると、カウンター席と、1段下がってテーブル席があって、テーブル席には男女の賑やかなグループが一組いるだけ。
お店はご夫婦でしているらしく、使用人は居ないようす。
カウンターの前にはワイン、ウイスキー、日本酒など沢山並んでいる。夜にはお酒のお客さんで賑うらしい。
少し離れた席に案内されて「初めてなんですけれどお勧めは?」と尋ねて、ごくシンプルなトマト味の海鮮スパゲティーにする。
前菜は、お皿に自分で好みのものを取るようになっている。ひと通りお皿にとって、席につくとパンとコーヒーが運ばれてきた。

さあ、お客さんも少ないし、ゆっくり出来そうだと思ってバックから読みかけの本を取り出した。
冷たいコーヒーがとても美味しい。
ややしばらくして、スパゲティがはこばれてきた。「お皿が熱いですからお気をつけて」と言われてフォークをとるとなるほど、お皿もスパゲティもアツアツ。早速頂きます・・・・  オットット カメラをわすれていました。

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イタリアン専門のお店は初めてだったので、まあまあ満足でした。
レジで支払いをしてお店を出る時は、店主ご夫妻が揃ってお見送り、こんなに丁寧に扱われると少々背中がこそばゆい感じ。
歩いて家まで、食後の軽いウオーキングになりました。

はまなす短歌会へ

しばらく振りの小雨。

晴雨兼用の傘を挿して出かけよう。昨日から用意はしてあったが、次第に頭も体もてきぱき動かなくなって、11時12分のバスには間に合わない、11時45分のバスに乗る。

s-浜茄子へ
終点4丁目から大通公園を横切って次の中央バスの乗り場へ、小雨の中をふと見上げると、テレビ塔の時計が間もなく12時を指す。
1時30分までには遅刻せずに到着できると、すこし安心して呼吸を整えながら歩く。

バスが到着、クーラーが効いていて快適温度にほっとする。
札幌ドーム近くなると、ファイターズを応援するのぼりが並んでいるが、本拠地が北広島に移った後は淋しくなるだろうなーなどと考えているうちに目的地に到着。
今日の参加者13名の出詠歌に目を通す時間のゆとりはあった。

 今日の心に残る歌

今宵はも地酒一升かたわらにあいつとしみじみ「どんぞこ」ばなし

たった一羽のコガモを連れた母の目に射すくめられて後ずさりする

漫画版「どう生きるか」を立ち読みす音なく過ぐる水無月の風

木洩れ日にゆるる紫陽花黙ふかし空耳ばかりふえるこの国

 自作
浜茄子の砂浜かけて帰省する敗戦するとはつゆ知らぬ夏

敗戦の年は旧女学校の1年、帰省のバスは燃料が木炭、力が無いので坂道を登りきれずバンバンパン・・・・と鳴ってとまってしまう。そんなバスを待ちきれず、砂浜を一目散に家に向かって走った。
今では懐かしい思い出だが、戦争前後の惨めで貧しい暮らしが其処にはあったのです。
広島、長崎、沖縄は言うに及ばず、「終戦の日」を間じかにして、戦争の愚かさを、身近なところから考えさせられている。





恵子さんの最近作

以前、裂き織りのペットボトルを作ってくれた恵子さん、今度は手提げ袋を完成させた。
黒い裂き織りの生地にネットをおいて、そこに”クロスステッチ”を施した手提げ袋です。

          クロスステッチの手提げ
「完成したので早速メールに添付して送ります」とコメントをつけて送られてきた。

携帯電話の写真なので、せいみつなステッチがはっきりと見えないのは残念です。
「良く頑張ったねーきれいに出来たねー」と早速電話をすると、嬉しそうに元気な声がかえってきた。

わたしがクロスステッチの名人と呼んでいる恵子さん、ひと時は病状が悪くて何も出来ない時期があったのに、よくのり越えました。
作業所に楽しく通って、見守られながら作品を作り、時には展示即売会などでも活躍している。
障害を持ちながらも、このように充実して生きている恵子さん ”がんばってねー”

ようやく明るくなりました

土曜日夕方ドライブから帰ったら、ベランダの前の足場が外されて、部屋がパッと明るくなっていた。
上の階の方からガラガラがんがんと鳴り出した土曜日、せっかくの休みなのでこの騒音から逃れようと、ドライブに出かけたのは正解でした。

明るい部屋

今朝カーテンを開けると部屋が明るくて生き返るような気持ち、お花も毎日水を取り替えていたので、光にいっそう生気を取り戻したように見える。

ごみ出しに出て、しばらく振りに裏に回ってみると、わたしの可愛い草花たちは、今まで数ヶ月、日が当たらない上に、作業の人たちに踏まれて見るも無残になっている。

まだ工事は終了していないので、完了後はすこしづつ手入れをして、元気を取り戻してもらいましょう。楽しみ

ドライブ

昨日は思い立ち、娘の車で若かりし日の父の足跡を尋ねるドライブに出る。
行く先は岩見沢方面、旧北村を目指します。
土曜日にも関らず、あまり車の混雑も無くゆっくりと走って北村に到着、

北村温泉
まず北村温泉ホテルで温泉にはいります。
日帰り入浴のお客さんが多いようで駐車場には車が並んでいたが、送迎のバスで来るお客さんもあるようだ。
あまり若い人は目に付かず、どちらかと言うと年配者が多いように感じた。
泉質は強塩泉とある。あまり混雑していないのがなにより、ゆっくりと露天風呂にも浸かって満喫。

気が着くととっくにお昼の時間は過ぎていた、食堂で遅い昼食、おそばと天丼のセットを注文、セットなので器が小さいと思ったら、何とおそばは普通の大きい丼でビックリ、天丼は娘と半分わけしても少し多すぎてお腹いっぱいになりました。
休憩室でテレビが「せごどん」放映中だったので、ゆったり椅子に掛けて最後まで観て休憩は終了。つぎは図書館へ、若かりし日の父の資料があるか尋ねることにします。

図書館1
立派な図書館前には、当時からこの北村のようすを見守っていたであろう大きな樹が空高くそびえ立っています。

図書館2
ありました、昭和7年頃の大水害の様子の記述が詳しく載っていました。

図書館3
写真には父も写っていました、何となく見覚えがあるなーと思ったら、この写真はわが家のアルバムにもあったような気がする。次は資料館に行ってみます。

資料館1
子供の頃、母が冬に暖かいホームスパンの和服のコートを着ていたのを思い出した。
ルーツを此処で発見「北村では大正13年、日本初の純国産ホームスパンが作られた」との説明が。
羊を飼って羊毛を糸にして織る、その行程が展示されていて、とても懐かしい思いに駆られた。

資料館2
このホームスパンが当時は農家の貴重な副収入になったとのこと。最先端を行っていたことが察せられる。

資料館3
ここでまたまた大発見、幕末期に、北海道の名付け親、松浦武四郎が北村の地に宿営した、そのときの武四郎は経験したこと、エピソードなどを日誌として残しているのです。筆で書き残された文字、スナップをしみじみと拝見する。

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実際に資料館前には、松浦武四郎の碑が建っていました。

帰路1
さあいよいよ北村に別れを告げて帰路に着ます。

帰路2
子供の頃に近くに山を見たことが無かった、その記憶を彷彿させる広い広い平野です。

帰路3
だんだん札幌が近くなってきました。あまり暑さに悩まされず快適なドライブ日よりでした。

     帰路4
家に近づいてから「のどがかわいたねー」とお互いに気がついたので、スターバックスのドライブスルーでコーヒーを買って車の中で飲みました。つめたい美味しいコーヒーでした。(家についてからゆっくり飲んだらよいと思うがドライブ気分がまだ続いていた)

とても楽しくて有意義な今日のドライブ。    お疲れ様

一足早く

一足早く菩提寺の住職さんがお盆のお参りに見えました。

我が家の先々代が入植して以来140年近く経ったが、こちらに引っ越しても菩提寺は、ずーと変わることなくお世話になっている。
最近は何処の家も2代目、3代目と田舎を離れて札幌に引っ越しする例が多く、今では住職はホテルに泊まって檀家のお参りをしなければならない状況になっている。
今日は「午後3時のよていです」と電話で連絡を頂いたので、娘とその時間に合わせて待っていたが、少しどころか、4時になってもお見えにならないので、仕方なく娘は予定があるので出かけてしまった。

4時を少し過ぎて「遅くなりました、間もなくつきます」と電話がはいった。
今までは京都から飛行機で、千歳からシャトルバスで見えたのだが、ようやく大学講師を退職されたので田舎からご自分の運転で来られ、わが家が3軒目とのこと。
カーナビを頼りに走ったので経路に無駄があったようで、暑さの中を申し訳ない思いでした。
先ず冷たいお茶を飲んでいただいて、休むまもなくお勤めの始まりです。
住職にならって「正信偈」を、つづいて「御文章」を唱和する。

しばらく振りなのでお話もいろいろあったのに、お茶とお菓子を少々召し上がっただけで次の檀家さんに向かわれた。

      お盆おまいり

お盆にはお墓参りに、今では年に1度になってしまったが参ります。
毎年のことながら、自分が亡き後のことを考えると堂々巡りをしてしまうのだが、
考えているだけではしかたがない。今年こそして置かなければならない事を実行に移そう。

ベランダの外では、あと数日で終わる予定の、大型改修工事の音で、気持ちが休まらない。
何となく体がふわふわと定まらない、食欲も無いなどの体調に、血圧を測ってみたら(94~48)ストレスかなー。

でも外を見ると、この暑さの中で、働く人たちは一生懸命働いている。もう少しでシートが外されて、美しい姿を現してくれることだろう。

工事
           もう少しの我慢です。
プロフィール

piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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