FC2ブログ

一生懸命

特技”クロスステッチ”を生きがいに、毎日作業所でお仕事をしている恵子さん。
昨日は携帯電話で、出来上がったペットボトルケースを写真に写して送ってくれました。
きれいなのができましたね。写真を送ってくれて有難う。早速ブログにのせました。

       ボトル入れ

裂き織りの生地にクロスステッチをほどこしたペットボトルケース。
皮の持ち手を付けた”そらるなSakioriシリーズ”のオリジナルです。


恵子の作品

もう30年も前に刺したクロスステッチの鳥の額は、ずーと部屋を明るくしています。
楽しみながら一生懸命にクロスステッチを刺している恵子さんを、お母さんは何時も見守っています。

秋立つあした

秋とともに体もどこと無く憂わしい。
前にも2,3度経験していたので今回は落ち着いて自分で判断して事なきを得た。
と言うのは急に血圧が上がったと見えて、胸苦しくなって立ち上がるとふらっと何かにつかまりたくなる。
血圧を測ると、193-87。掛かり付けの救急の電話に症状を伝えて指示をしてもらい、前に出してもらって在る降圧剤を1錠のみ横になった。
1時間ほどしてから再び血圧を測ると、151-70に下がっているのでそのまま安心して朝まで眠った。
朝5時、夢も見ずに眠って目が覚める。早速血圧を測ると 114-56 やれや 安心。
こんなことがちょこちょこ起きると何となく不安になるが、気にかけることで症状が出る恐れもある。
”斉藤 史”ではないが「85歳過ぎればそりゃーあなた」とつくづくと思う。

s-002_20180926121445fb1.jpg

裏の楓の木の下に咲いているミズヒキ草とナミキ草を摘んできて花瓶に挿す。
部屋の一隅に自然がよびこまれて、いいなーとしばらく見ほれている。

ナミキ草

野の花ってほんとにいいですねー。花の色、形、自然の造形に畏れつつ見入っている。

明日は30年来の友人3人との”おしゃべり食事会” 少々迷っているが、しばらく骨折で出て来られなかった一人が回復して楽しみにしているので、気をつけてそろりそろり行ってきます。

北大K-on50周年ライブ

50年前北大に入学した弟が仲間と創立した”軽音楽部部”が今年で50周年。
創立メンバーから現役学生の軽音楽部まで、13のバンドが出演するライブの案内が来た。
会場はススキノ”HarebareBuilding,B1F
弟の出る時間に合わせて何時もの兄弟親子、合わせて15人集合。
少し早かったが階段を下りて会場に入ると、耳をつんざくような大音響。
ドラムとギターの音が心臓を震わすように鳴っている。前に腰掛けているおじさんは耳を押さえる。
これではいつまで我慢できるかなーと思っているうちに、そのグループの演奏は終わった。

やがて弟の仲間4人の出番です。
s-008_20180924175155929.jpg

創立当時は数名で始ったが、既に亡くなった人、出来なくなった人などで現在4名。
ビートルズ、ザ・ベンチャーズはじめあの頃若者を夢中にさせたロック、ポップスが流れ始める。
あの頃若者だった人たちが家族連れで、おじいちゃんの晴れ姿を見るべくかわいいお孫さんも参加。

s-015_20180924175153be3.jpg

現在は若いメンバーも加わって7名、時どき集まって楽しんでいるらしい。
”昔ロカビリー今リハビリー”などと洒落にもならないことを言いながら・・・・・。

皆現役で仕事をしていて、中にはお医者様もいるらしい。因みに弟は第2の仕事で外国人観光客の通訳ガイド。

終了後は打ち上げで弟は参加できなかったが、私達15人、久しぶりに会ってお食事飲み会です。
長生きするのも悪くない、夜のススキノで飲むのは最初で最後かな?
2時間楽しく飲んで食べておしゃべりをして、帰りはみんなとさよならして、わが家までタクシーで帰りました。

       s-018.jpg
                明日は中秋の名月
車を降りてふと見上げると、雲に隠れたお月様が、思わずシャッターを切りました。
                 お疲れ様でした  

スズカケの散歩道

昨日は思いがけなく大腿骨を骨折して入院中の友人を見舞う。
何時もの通りなれている道なのに、躓いて転んでしまったそうだ。
人事ではない、娘といっしょに歩くと、何時も”大丈夫っ”て言われている。
それもそのはず、時どき体幹が揺らぐと見えて、体がゆらっとゆれて転びそうになることがある。

椅子に腰掛けている時間が多いので出来るだけ歩く努力はしているが・・・。
夕方になって遠いポストを目指して歩くことにした。
横断歩道でなく歩道橋を目指していくと、おやっ!!!姿の良かった枝垂れ柳の大木の太い枝が折れて、前の美しい姿がなくなっている。

しだれヤナギ
このしだれ柳は、環状道路を造るときに昔から此処にすむ人々に親しまれて来たので、わざわざ三角形の小さな空間を”啓明やなぎ公園”として残されていた。なんと無残な姿になってしまったことか。枝垂れていた枝も千切れてなんと哀れな~~。
このたびの地震の前日の台風で、もみくちゃになって折れてしまったんだね~~。
知らずに居たので驚いて早速カメラに納めたが、折れる前の美しい姿を写して置かなかったことが悔やまれる。

ナナカマド
ポストに投函してから緑ヶ丘公園へ足を伸ばすと、ナナカマドの実が真っ赤に色づいていた。

花壇
       公園から見える小学校の花壇がきれい。

すずかけ
グランドを囲むように並んでいるスズカケノ木、この木肌の模様の美しいこと、グランドでは、思い思いに子どもたちがスポーツを楽しんでいる。
夕食前にひと回りウオーキングをして、歩いた歩数は2855歩、 マアマアかな、今日のノルマを果たしたような気持ちになった。

パステル・アクリル合同展

永いあいた書道の教授をしておいでのT様、最近は年齢とともに足腰が弱られ、しばらくは”書”からは遠ざかっていた。
書道と云ってもT様の作品は大作なので、仕上げるまでには相当な体力を必要とする。年齢には勝てなかった。習っていた私たちも自然に筆を持たなくなっていった。
そうこうしているとTさま、やはり何かを表現しょうとする心が再び動き出したと見えて、最近になってカルチャーセンターで”絵”を習い始め、展覧会の案内を頂いた。
「みんなの絵と違ってわたしの絵はおかしいからはずかしいの、笑わないでね」と電話で前置きされた。
そういわれると、すごく興味が湧いてきた。セントラル・スカイホールで11時まちあわせ、少し早めに出かける。

       会場
会場には3つの教室28名、一人2・3点づつ出しているので二つの部屋に約7・80点は並んでいた。

       さくひん1 
                     気をつけて

一見してこの絵は見て美しいとか、技術の良し悪しではないと直感した。
この絵からは人物の心理的なものを感じとる鑑賞力が必要と思う。

      作品2
                   誘惑

この作品についても同じことが言える。後ろに描かれている3人に誘惑されそうになっている人物、フードを被っている前の人物の心を読まなければならない。

        
    作品3
                     
                      大丈夫 
目と鼻が力強く描かれていて、何かに耐えながら回りのものに心配かけまいとしている、そんな様子が見て取れた。

3点の作品を通してフィクションの中に作者の心が表現されていて、これは短歌に共通するものがあるなと思った。

11時の待ち合わせだったが、Tさん少し遅れてきたので時間がたっぷりあって、先生から少しお話が聞けた。
先生のお話によると”この作者は考えたことをものの10分もかからずに描くのが特徴で、あまり丁寧に手を入れすぎると駄目になってしまう。そういう点で言えば、1番目の作品は丁寧に描きすぎた嫌いがある”とおっしゃった。  なるほど

そうこうしていると一人の和服のご婦人が見えた。お話をしているうちにわたしの娘と同じ位の年齢だった。83歳のお母様が携帯電話の使い方が分からない等とこぼしている。そのお母様から見ると、わたしは少しはいいかーと思った。

     会場2

ひときわ大きな作品がこの方の描かれた紅葉の絵でした。丁寧に落ち葉になった紅葉をいとおしむ様な作品でした

退屈もせずに時間が過ぎて、ふと時計を見ると、あらっ、どうしたの、こんなに遅れてと思って電話をすると、「入り口で知り合いの人に出会って話をしていたの、遅れてごめん」と云って間もなく上がってきた。

丁度お昼なので外に出てランチをしましょう。

大通り

外に出ると良いお天気、テレビ塔の上に雲が一つ。
今日も健康で此処に立っていることの幸せを感じる大通り公園でした。

秋彼岸

今年は、台風そうして恐ろしい地震と最悪のお彼岸を迎えることになった。
震源地の災害はもとより、札幌市でも、”液状化”と言う思いもよらない災害に見舞われた。
これは調べていくうちに、災害とは言うものの、自然に逆らって造成した土地を知らずに買わされた、言わば人災とでも言える。
テレビの報道を見ているとせっかく手に入れたスイートホームが、砂に埋もれているなど悪夢としか言いようが無い。
ここのところ数日良いお天気が続き、もう秋彼岸は中日を迎える。
世の一切のものは無常というとおり、生きている以上はこの先何が起こるか知らずに日々過ごしていくより術はない。
せめてお彼岸にはささやかなお供え物をして、仏様に手を合わせ心を穏やかにさせて頂きます。

s-彼岸

カーテンを閉じようと思って空を見上げると、9月19日の月が卵形に上ってきます。23日ころ満月になるのかなー。
「どうか地球をお守り下さい」とそっとお月様にお願いをしてみる。

札幌、江別 合同歌会

毎年九月の歌会は札幌支部と江別支部との合同歌会です。
元気な時には毎年出席していたが、ここ数年はご無沙汰していた。
是非参加しましょうと、仲間の誘いと、秋晴れの良いお天気にも誘われて出席。

午前10時JR札幌駅で待ち合わせ、わいわい賑やかに、しばらく振りの江別に向かいます。
江別と言っても下車するのは、ひと駅手前の野幌駅。其処から歩いて会場へ。

     江別1

駅を降りて歩き始めると、其処にはのどかな風景があって都会から来ると空気が違う。
道端のバラが真っ赤な実をつけていた。

     えべつ2
             これはのぶどう?かなー

こんなもの達を見ると撮らずにはいられない私、撮ったからと云ってどうと言う事も無いのに~。
先にいった人たちから「早くおいでーおいていくよー」などと声がする。
静かな公園の横を通って、間もなく会場”あおい会館”に到着。

会場のテーブルには、例年のように、美味しいとうきび、ぶどう、江別饅頭、が並べられている。
(ここからはカメラに納めることを忘れて記録なし)
出席者29名、何時もと違う雰囲気なので少し緊張してプリントされた歌稿に目を通す。

1時になって歌会ははじまり一首一首を順番に鑑賞披講、選者の批評と進められ中間に10分休憩、後半が終了したのは4時でした。

今日の29首の中から○印をつけられた歌

* 旅をするために始めるジェルネイルきらら光りて心はなやぐ

*一鉢のインパチェンスが主役なりベランダに向くわが指定席

*明日のこと頭にはなく23時59分発の電車に

*大地震に9月6日の明けを待てり点々と星送電なき都市

*揺り椅子に無尽の光静止せり幼きわれ老年のわれ不在のわれを

*仏前に香たくかいなと脛太しついに青年となりてかがよふ


2番目が私の作。日常の一齣を31文字に纏めてみた。
部屋の中に、主役、指定席、という言葉を置いて劇場化して詠んだところが面白いとの評があった。

歌会が終わった後、札幌駅地下のレストランで、気の合う4人でビールで乾杯。

江別3

不良ばあさん達のおしゃべりは2時間近くで終了。帰りはくたくた、電車はやめてタクシーで帰宅。”お疲れ様でした”

敬老の日間じか

先日早々と町内会の会長さん、民生委員のかたが敬老のお祝いを届けながら訪問して下さいました。
先日の地震の時にも、見回りに見えて「大丈夫でしたか?」と声をかけていただいて感謝していたところでした。
「お陰様で元気にしています、ありがとうございました」とこれだけのことなのだが、高齢者宅を1軒1軒回って下さいました。

敬老

毎年頂く美味しいお茶です。ありがたいことです。
美味しいお菓子を買ってきて、土曜日に娘といっしょに頂きます。

   有難うございます

9月はまなす短歌会

昨日は”九月はまなす短歌会”
1年に1度巡ってくる「おやつ係り」で数日前から気になっていた。
1人150円程度のおやつを小袋に12人分用意する、それだけのことなのに。
出かける時にその袋を、おき忘れない様にと気になっていたら、バスに乗ってから筆入れを忘れたことに気が付いた。
バスを乗り換えるときに、ジュンク堂で買いましょうと思って、ジュンク堂に入ったは良いが、売り場が広くてボールペン一本買うのに汗だくになる。
乗り継ぎバスに間に合って乗ったら、上から涼しい風がやさしく吹いてくれたのでほっとした。

出詠歌
 
 ピーヒャララ平成さいごの秋祭り平和へいわと聞こえてくるよ

一週間ほど前の堺川神社のお祭りのときに、ふと思って出来た一首を提出したところ、思いがけなくお褒めの言葉を頂いた。
先生のお言葉「何となく湧いてくる情勢の不安が~平和へいわ~に表現されている時事詠」とわたしの思いを汲んでおっしゃって下さって嬉しかった。

        節電

帰りの地下鉄中島公園駅の階段を上がってくると、あたりは夕間暮れ、秋のお彼岸も間もなくやってくる。

浸透枡 (9月12日)

あれは8月31日だった、配水管が詰まって、ベランダが水浸しになったのは。

10時頃外が賑やかなのでなんだろう?と思って見ると、作業着を着た人が3,4人でベランダの下の浸透枡の蓋を開けて太いパイプを突っ込み始めた。

浸透ます
パイプは駐車場の外のタンクを積んだ車まで続いている、いきなり大きな音がしてパイプが大蛇のようにくねったと思うと、ガーガーと言う音とともに、浸透枡の汚泥が吸い込まれていった。
作業員の男性は「だいぶ旧いので今度詰まったら浸透枡を取り替えるより仕方ないですね」と言う。
まるで管理組合の人にでも言うように、でしゃばりおばさんだと思われたかな?と自分でおかしくなって思わず笑った。

フウロ草一輪
ふと見ると、工事ですっかり踏まれてだめかと思って居た”フーロ草”が1輪だけど咲いていた。
良く咲いたねーと思わず声をかけてしまった。

先月号の「新墾」に載ったわたしの一首を思い出して、いっそう愛おしく見てしまう。

  踏まれても芽ぐむ風露草いさぎよし なんぞ公僕か裏口入学

1週間は瞬く間

台風が去った後の不気味な雲、やがて夜になってあたりは静かに眠りについていった

地震前夜の空

未明の3時6分、大きな揺れに目を覚ました”地震だ”と、とっさに起きてテレビをつけると地震情報がはいった。
数分も見ないうちに、”ぱっ”と電気が消えた。

これは大変なことになっている、と思いつつ真っ暗な中を身支度をして、ラジオをつけて明るくなるのを待った。

もうあの日から1週間も経ってしまった。うすれた記憶を辿ると、先ず電気が止まると水が出ない、トイレが使われない、冷凍庫の中のものは融けてしまう、日常が急変した。

その朝、急ぐ手紙をポストに投函するべく出かけると、交差点ではおまわりさんが、手信号で交通整理をしている。
スーパー西友の前には、長い長い行列、今まで目にしたことの無い光景にビックリして、ポストに手紙を入れてほうほうの体で帰って来た。

その日は娘の会社も休みになったので一緒に食事をしたり、トイレを流す水を公園の水飲み場からタンクに3個運んで来たりして暗い夜になった。

停電

一応ローソクをつけてラジオを聴きながら起きていたが、ローソクは火事の原因になるので気をつけるようにとラジオが言っている、こんな時こそ早くベッドに入って休もうと、頼りのラジオを傍らに横になった。

停電の夜明け

次の日早々と目が覚める、午前3時まだ暗い、そろそろいいかなーと、カーテンを開けて見る。

新聞はまだかなっと郵便受けを見るときている。

地震

紙面いっぱいの震源地の写真に声も出ない。これが現実に起きた山崩れ。
じしん2

木が山もろとも滑り落ち、家を直撃、道路は切れ切れになって跡形も無い。
ラジオだけでは想像できなかった現実が映し出されていた。

その日の午後電気がついて正常な暮らしに戻ることが出来たが、冷凍したものは捨てなければならないし、すーぱーの棚はがらがら。
災害の為の準備はしていなかったことを反省、こんな程度で終わっていることをあり難く思い、41人の死者を出した今回の被災地の人々を思う。
北海道全域が停電となって復活はしたものの、発電所の事故復活までは先が長く、冬に向かって節電をするのがわたしたちの責務。
冬に向かう被災地の人々の暮らしを一日も早く楽にして下さるようにと願わずには居られません。


地震にビックリしたのかわたしのブログ一時停止を余儀なくされました。1週間ぶりの復活です。



強風台風

台風21号は強風台風と言われるほど、関西方面で猛威をふるい日本列島を縦断して行った。
映像で見る限り、今まで目にしたことの無い、強風の恐ろしい瞬間を放映している。
これはスマートホンの普及により一般の視聴者がその瞬間を投稿できるようになったから。
映像を見る限り人間は自然の猛威には手も足も出せないということが分かる。
ベッドに着く前に、明日の北海道の空は?ととても心配してラジオで予報を聞きながら眠りに着いた。

今朝5時起床。カーテンを引くと、雨は止んでいる。
でも夜半には、そうとう強風が吹いたようで、ちぎれた木の枝や葉が、べランダの隅に吹き溜まりになっている。

sora1.jpg
空を見上げると嵐の残り雲が疾風のように飛ばされて、見る見るうちに見えなくなった。

sora2.jpg
後には白い雲と青い空が、秋を告げるように空いっぱいに広がって行く。

台風が去る度に大きな被害を残していくが、もうこれは”神のなせる業”と思い、再び自然の怒りに触れぬよう、人間の英知を振り絞るほかはない。とあの恐ろしい台風の目を思い起こしている。


9月2日は日本晴れ

今朝の空は日本晴れです。
清少納言は「秋は、夕暮れ」と夕方の空を真っ赤に染める夕日を愛でているけれど、
雲ひとつ無い真っ青な秋空を昇ってくる朝日も素晴らしいものです。
昇って来る朝日は望めないが、東の空のどのあたりに朝日が在るかは想像することが出来る。

今日のベランダ
あたりはみるみる明るくなって、わが家の花たちも心なしか東の空にかた向いているようだ。
駐車場の車たちも、今日は日曜日、皆きれいに並んでお休みです。
でも間もなくそれぞれの休日を楽しむべく、1台、また1台と出かけて行くことでしょう。

昨日「新墾1000号記念号」が届いたので今日はゆっくりと紐解くことにします。



そうこうしていると丁度12時、お昼になろうとしている頃、「とことんとことんぴーひゃららー」と祭り太鼓の音が聞こえてきた。
そうそう、数日前から堺川神社の幟が電信柱に括り付けられていたなー。
毎年子供のお神輿が通っていたが、今年は近くに行ってお見送りをしようと、祝儀袋とカメラを持って外へ出た。

       s-004_20180902121745c5c.jpg

 s-008_201809021217480d0.jpg
     ぴーひゃらぴーひゃら祭りの笛、太鼓がまずやってきた。 

s-006_20180902121747c4c.jpg
お次はお賽銭箱を担いで、もう熱くて叶わないって感じの子。
ご祝儀を入れると「ありがとうございました」と声を揃えて言った。

s-009_20180902121750ea4.jpg
        小さなかわいいお神輿さんです。

s-010_201809021217512de.jpg
気温は26度ほどだが、装束を纏っているので暑さにくたびれて歩く後姿を見送る。

家に帰って堺川神社のいわれを調べてみた。
明治36年当時、双子山に入植した人達5人で円山の麓で小さな祠を祀ったのがはじまりで、北海道神宮の9番目の「分霊」として祀られているということが記されている。
子供の頃歌った”村の鎮守の神様のー今日はめでたいお祭り日ー”が口をついて出てきた。


エプロン

昔からの習慣で、平素は常にエプロンをして生活をしている。
特に汚れる仕事をするわけではないのに、朝の身支度はエプロンを締めて完了となる。

思えは今のエプロンは汚れたら洗濯、汚れたら洗濯を繰りかえして、何年経つだろう。
そろそろ新しくしようと思いつつ、市販のものには興味がなく、今までもずーとミシンを踏んで、手製のエプロンで過ごしてきている。

前々から引き出しの中の布を、出したり仕舞ったりして見ていたが、なかなかミシンのカバーを開けるところまでいかずに過ぎていた。
そんなある日”毎日ミシンの前に座らないとさみしい”と云っている妹を思い出して、早速布を持って妹宅を訪れる。

数日して”エプロンができましたよー”と電話があり、早速昨日ランチ方々会う約束がととのい、妹は完成したエプロンを携えてやってきた。
レストランで袋に入ったエプロンを受け取ったが、回りにお客さんが大勢でチラッと袋を透して見たら刺繍をしたポケットが見えた、
”うちに帰ってからゆっくり見なさい”と言うので後はおしゃべりをしながらランチ、途中でデザートを注文して2時間も話し込んで別れた。

        エプロン

帰宅して早速広げてみると、ポケットと裾にクロスステッチを施した布を貼り付けて、想像以上の良い出来に思わず”ステキ”とひとり言を云う。

今日は土曜日、娘と朝食をする日なので8時にやってきた娘に早速エプロンをつけて写真を撮ってもらった。
何年も引き出しに仕舞われていた、昔何かを作った残り布が、今生き返って日の目を見た瞬間です。

       何気ない日常の中のつつましやかな喜びの一齣でした。
プロフィール

piroko

Author:piroko
FC2ブログへようこそ!
1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク