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栄養バランス

独りの食事は料理にも力が入らず、今朝も御多分にもれず、冷蔵庫に在るものでお茶を濁す。
ご飯に白菜とベーコンのスープ、先日届いた辛子明太子に、大根と枯露柿のなます。

白菜とベーコンのスープはコンソメ味にして、白菜の甘みが出てまあまあの味。
白菜は去年の秋に、姪の由紀ちゃんの家庭菜園で採れた大きい白菜。
冷蔵庫には入りきらず、かといって部屋に置いたのでは温かすぎる。
考えた結果、新聞紙を重ねてその上からバスタオルで包んでポリの買い物袋に入れる。
それをダンボールを二つ重ねた中に入れてベランダの隅に置いて越冬している。
時々出しては外側から、葉を1枚2枚とはがして使い、またダンボールに入れてベランダへ。

今日も白くて甘い中の葉を3枚、だんだん小さくなっていく白菜、あとどのくらい楽しめるかなー。
大根の柿なますは、枯露柿の甘さでとても美味しい。

         朝食

ご飯を食べ終わって何気なく見ていたテレビが”ベーコンは老化現象を早める物質が含まれているので、食べ過ぎないように”などと言っている。
どちらかと言えば、生の肉よりも保存がきくのでベーコン、ソーセージ類が冷蔵庫に入っている。

昔、”タンパク質が足りないよ”とテレビコマーシャルしていたけれど、本当にタンパク質が足りないなーと反省しきりの朝食でした。

しばらくぶりの日本晴れです。

窓の陽を恋ふ鉢花と春を恋ふ 待つのは止そう季は行くから

窓から射し込むお日様に向かって傾いている花たち
思わず”早く春が来ないかなー”と思ったが・・・・・

土曜日に思う

土曜日、週に1度の娘と二人の朝食。
お粗末ながら、いそいそと用意して、8時になると娘はやってくる、週に1度の二人の朝食に会話も弾んで楽しい。

食事の後、娘は食器を洗い終わって、それから掃除機をかける。
几帳面に”超”がつくほどだから、2LDKを隅から隅まで小道具も駆使して掃除をしてきれいさっぱり。
大病後から比べて元気にはなったものの、掃除機は使いこなせなくなっているのでおお助かり。

お茶を入れて”栗の甘煮”をお茶菓子に一息ついて、娘は休日は休日の用事があって帰って行った。

また独りの世界

友達からメールが・・・・・
元気だった友達はひと月ほど入院することになって気弱になっている。
何気ないやり取りをした、それだけで少しは楽になったかなー。

あと二人、入院している友達が、独りは癌の検査中、もう一人は心臓の具合が悪くて循環器に入院中。
二人とも私の入院時には見舞いに来て下さった、でも今はメールをしても返信がない。
三人ともとても心配。

       ケサラン

幸せを運ぶ”ケサランパサラン”どうぞ良い知らせを届けてくださいますように

何時の間に

どちらかと言えば、ボールペンより鉛筆派。
文字を変更したり、書き間違えた時などは、けしゴムで訂正てきるから。
使いさしの鉛筆が沢山たまって気になりだした時、ふと机の引き出しにずーと使わずにあった鉛筆サックに気が付た。
何時からあったのか、誰が使っていたものか、たぶん子供たちだろう。
その鉛筆サックに、短くなって持ちづらくなった鉛筆を差し込むと、短くなった鉛筆も持ちやすく書きやすい。

子供のころは必ず筆入れの中に入れて誰でも使っていた文法具だが、今は文法具売り場に売っているだろうか。
と、こんなことを考えているのは短くなった鉛筆が、短くなりすぎて鉛筆削りで削られなくなってしまったからだ。

チビタ鉛筆

別な鉛筆に入れ替えて、外されて転がっているチビた鉛筆をつまんで見ていると、”よくここまでがんばったね”と労りの気持ちが湧いてきた。
引き出しの中には、半分くらいに短くなった鉛筆はまだまだ沢山ある。
今度は、チビた鉛筆が引き出しにたくさんたまっていくのだろう。
それを何時まで続けられるかが問題、真剣に考えてしまう。

考えるとパソコンで文字を打ち込んだほうが、鉛筆も消しゴムも必要ないのにと思うが、文字を書く方が先に身についている。
完成したものだけをパソコンに保存しておくのが私流、あとから身についたパソコンよりも、手書きが楽ということか。

何時の間にかチビてしまった鉛筆をつまんで、ひと時思いをめぐらす雪の夜です。

長電話

だんだんと年賀状を省略する友人が増えてきて、けれども縁を切れない長い付き合いががある。
夜の9時、少し遅いかな?と思いながら電話をかけた。

思えば60年前、嫁いだ時からの付き合いである。前半の40年は子育てから、親の看取りまで、楽しみ、悩み隠し看板なしのつきあい。
後の20数年は我が家が引っ越してきたので、まめに文通、時には電話、年に1回のお墓参りには、必ず立ち寄ってお互いを確かめ合うというお付き合いである。

どちらも20年いじょう前に夫を亡くして独り暮らし、お互いに全部を知り尽くしている者同士。
おもに私の去った後の故郷のことが話題になるが、人の名前を言われても”あれっ誰だっただろう”と思い出せないこともあるが、話題は途切れることがない。
沢山沢山の故郷の情報を教えてもらっているうちに、わたしの手にしている電話の電池が切れそうになった。
「ごめんなさい、電池が切れそう!!」というと「アレー今何時、11時になるーごめんごめん、またねーお休みー」で電話は終わった。

勝間さんより明太子

一日置いた次の日の朝ゆうパックが届いた。
友人は郵便局の向かいに住んでいるので、電話の次の朝出すと、次の日に配達されてくる。

届いたのは高価な”辛子明太子”。
聞き役にてっした私に気を使っての心遣いが痛いほど分かる。
こちらもお礼は電話でなく、長い長い手紙にした。

80半ばを生きて、60年もの長い間お互いにすべて知り尽くしている者同士の交友の有難さ、幸せをつくづく思う昨日、今日でした。

絵手紙サークル展へ

ラインで”絵手紙サークル展”のお誘いを受けた。
Sさんは”書”を書かれる方だが”絵手紙”も習っていらっしゃるとは、案内を頂いて行ってみたいと心が動いた。
雪道は少し不安だったけれど、大通り4丁目行きのバスに乗れば大丈夫、と思って今日思い切って出かけた。
バスを降りて何のためらいもなく、思い込んで歩いていくと、そこは本店で会場は札幌駅前支店だということに気が付いた。
振り返って札幌駅方向を見ると緑色の「○○銀行札幌駅前支店」の看板が高々と見えた。
通行人に交じって信号をいくつも渡って駅前支店に到着。今日は日曜日なのでATMを利用する人が出入りしていた。
絵手紙展を見ているのは私一人。

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入口を入ると掛け軸ほどもある大きな作品が並んでいて、おやっ、と思った。
中国の唐時代をテーマにした絵で、それぞれの作者の言葉が添えられていて興味深い。

絵手紙展2

こちらは絵手紙、思い思いの絵と言葉が自由に描かれている、見ていると心が解き放たれて優しい気持ちになった。


     絵手紙展3

Sさんの作品”はなびらもち”が美味しそう、お抹茶を飲みたくなってしまいました。

帰りは地下を三越まで歩いて、晩のお惣菜を買って東西線に乗る。
我が家に帰りついたらほっとして急に疲れを感じた。歩いた歩数は6040歩。
しばらく運動不足だったので、ウオーキングも兼ねて、有意義な一日でした。

でも考えると、何時も誰かと誘い合って出かける私が、独りで行動したのは珍しい。
年齢的に周りを見回すと、さあ行きましょうと直ぐに行動できる人が少なくなった。
わたしまだ大丈夫?と今日1日を振り返って思う。
Sさんお誘いくださってありがとうございました。

昨夜は吹雪

朝7時、カーテンを引くと天気予報通り昨夜は吹雪だったらしい。
日本海沿岸に沿って小樽、石狩、稚内方面はホワイトアウトで、車の事故も報道されている。
幸いに我が家は、1階なので外の音は全く聞こえず嵐はどこ?って言う感じ。

窓の外はまだ明けやらず、駐車場の街頭に横殴りに降る雪が見える

吹雪

今年は雪が少ないので、車の屋根の雪を見ても数センチというところか、それとも風に飛ばされたかな?

ふぶき2

車は1台2台と出勤して行った処にガーと音がして、ショベルカーが入ってきた。

ふぶき3

車のない駐車場をくるくると器用に回って表の方に雪を運んではやってくる。

ふぶき4

最後の雪を山盛りにすくって、ものの2,30分もかかっただろうか駐車場の除雪終了。

ふぶき5

来客用の①番のスペースに1台駐車しているだけなので、除雪のお兄さん楽だったでしょう。
このまま春まで雪が降らなければよいのにね、なんて独り言を言いながら朝食の支度に取り掛かります。
冬の変化のない暮らしに与えてくれた、朝の出来事でした。

平成31年 新墾社新年歌会

1月14日 晴天 例年のごとく新墾社の新年歌会が”ホテルポールスター札幌”に於いて開催される。
新年歌会には毎年和服で参加しているが、いよいよ今年が最後かなーと実感した。
と言うのは、大病を乗り越えて、今年の1000号記念大会までは何とかするすると結んだ帯が、昨日は思うように結べず、結びなおしてやれやれと思ってふと見ると、帯板を挟むのを忘れていた。先日の”インフルエンザ”で熱を出したので、体力が大分衰えたように感じる。
会場までは娘が送り届けてくれるので雪道を歩くことなく無事に会場に到着。
午後1時受付開始丁度に到着したが、すでに4階の”はまなすの間”控室ではお互いに新年の挨拶を交わされていた。

遠くは旭川からの参加者もあって、賑やかに、華やかに皆、歌会が始まるまでの時間を過ごす。
2時、参加者全員着席、足立主宰のご挨拶から新年歌会は始まりました。

4人の選者の先生がそれぞれ10首を担当して、1首づつ披講しその後参加者が自発的に意見感想を述べる方法で進められた。
なかなか自発的にというのも難しく、選者の指名での意見発表が多かったように思う。

中間15分休憩、後半終了は4時30分、即座に「優秀賞」「天」「地」「人」の4首と3名の佳作入賞者が発表され主宰より賞を手渡さてた。

優秀賞 地球から目視出来ない電離層宇宙人奏でる葬送曲か

天    いやだなと思う気持ちがいやになるシロツメクサになりたい今日は

地    あからひく元朝にゐてすなほなり瑞雲ややも寓話の世界

人    降りしきる雪もめでたや若松に豊年祈る妻のしつらい


佳作  ゆくりなく吹雪に遭ひし慌つるも心気を静め目を凝らし走る

     「最敬礼」太平洋にいくたびか平成の御代をはらんとする

     昏れはやきビルの高処に端坐する穏しき夜のさきがけの月

以上7首が賞を受けました。

平成天皇、皇后の「最敬礼」の後姿が目に焼き付いて離れず思わず詠んだ私の歌、佳作に選ばれました。
懇親会の後、帰るつもりでいたら、受賞した人は2次会に出なさいと言われて2次会へ。
      

       賞
    
帰りに手提げ袋に入れてタクシーで帰宅。袋の中で折角頂いた賞品がくしゃくしゃになっていた。

新年初の大雪 ?

雪の少ない新年を迎えてほっとしていたところに、10日の宵から降り出した雪。
11日の朝になってもまだ降り続いていた。
”はまなす短歌会”は午後1時からなので、例のごとく11時14分のバスに乗るべく玄関を出ようとすると、管理人さんに「こんな雪の日にどこへ行くの?」と後ろから声をかけられた。
ちょっと心配になったが、支度をして出てしまったので「行ってきます」と言ってバス停に向かって歩き出した。
バスを待っている間にも、雪はコートの肩に積もって、間もなくついたバスに乗り込む前に払い落とさなければならないほどだ。

間もなく大通着、雪はすっかり止んでいて、公園内は”雪まつり”の準備が始まっていた。

雪のテレビ塔

雪が降ったとは言え例年から見ると街の中は10センチもあるだろうか、非常に雪の少ない冬である。

バスを乗り換えて、除雪の行き届いている国道36号線を順調に目的地まで、1時間足らずで到着です。

会員の中の”書”を書かれる、元校長先生が、全員にお手製のカレンダーに”亥”の一文字を書いて下さった。
コピーではなく1枚1枚はそれぞれに趣のある“亥”の文字でみんなで並べて鑑賞しました。

    カレンダー

和気藹々の短歌勉強会は無事終了、我が家に帰りついた時はすっかり日も暮れてあたりは夕間暮れ。春が待ち遠しい。

インフルエンザ撃退

去年の秋の”インフルエンザ予防接種”の時に運悪く風邪を引いていて様子を見ているうちに、ワクチンが品切れになってしまった。
感染したらどうしようとの心配は的中、ウィルスはそこを目掛けてくるのだろうか?この年齢になって、はじめての経験をした。

年々ワクチンが改良されているとみえて、たった2錠の“ ゾフルーザ錠”と熱さまし5錠で元気になった。
今日で1週間たって、明日は”はまなす短歌会”だ。出かけて行って良いものかどうか、相談方々病院に行ってきた。
「もう完治しているので心配はありません、安心していってらっしゃい」と言われ明日は安心して出かけられる。

年末年始、特に人ごみに出かけたわけでもなく過ごしていたのに、年齢と共に免疫力が低下しているとつくづく思う。
それにしても、娘は「具合はどうですか?何か買ってくる?」とラインが届いていたくらいで、怖がって寄り付かなかった。
特にお世話にならずに済んで、娘にも感染することもなく、今朝も出勤の車は手を振る暇もなく駐車場を出て行った。

廊下

狭い廊下が定位置になっている、恵子さんのクロスステッチ”お花”2点。

        残り花

お正月のお花はお水を取り替えるたびにこじんまりしてこんなになりました。

事もあろうに

事もあろうに、お正月早々どこで拾ってきたのだろう”インフルエンザ”に取りつかれてしまった。

4日の朝、ベッドから起き上がると、一晩中の咳で体中の筋肉が痛い。

歩こうとすると体が不安定、あちこちに掴まりながらようやく体温計の引き出しまで。

熱を測ると38度少々、これは大変なことになったとそのままベッドで考えたが、病院は休みだし、仕方なくそのまま寝ている。

その時玄関の鍵がガシャガシャと音がして「おはよう」と娘が朝食にやってきた。

思わず「おかあさん風邪ひいちゃったからダメダメ」と言うと手に持ってきたタッパーを置いて慌てて帰って行った。

次の日は土曜日、病院に電話をすると「午前中診察しています」ということなので、ふらふらと出かける。こんな時はすぐ近くの掛か りつけの病院は有難い。

綿棒で、鼻の粘液を採って「あっ立派なインフルエンザです」と言われた。

インフルエンザの薬2錠、熱さまし5錠、それだけ飲み終わって、今は少々の咳が残っている程度で、元気を取り戻すことが出来ました。

娘に1度買い物を頼んだだけで、昨日から仕事に出かけていきました。

お正月気分はどこへやら、何時もの暮らしに戻っています。

健康でなければ、ブログを更新しようとする気力も無く、数日はパソコンを覗くこともありませんでした。

つぼみだった百合は全部開いて、この百合のやさしい香りが部屋を清めているようです。

ゆり

パッカンと音がしたかと百合の花せめぎ合いする供花の賑はひ

平成最後のお正月 思いつくまま

平成最後のお正月を迎えました。
喜びも悲しみも、人並みに越えてきた昭和に決別して迎えた平成元年。
その後の30年間を思うと変化に富んだ時代だったなーと感慨がふつふつと湧いてくる。

先ず平成2年、終末は介護に明け暮れていた、おばあちゃんが他界。
悲しみを忘れさせるように、次女が良縁を得て結婚したのが、平成2年12月でした。
そうして、夫も私も初めての孫に恵まれたのが、平成4年6月でした。
その時、岡山県に住んでいた娘夫婦、私は岡山までお産扱いに行って1か月ほど滞在、あちこちと観光にも出かけた。
平成5年には夫が急に札幌に転居すると言って札幌に転居。
初めての男の孫を連れて娘が帰ってきて、楽しませてくれた。束の間でしたが夫はかわいい孫を抱くことができたのです。

平成7年4月6日、病気になったときに安心だからと言って札幌に転居したのに、夫は心筋梗塞であっという間に他界。
悲しさを忘れさせてくれたのが、平成7年11月7日、2人目の女の孫の誕生でした。
この時は3か月ほど滞在してくれて、3歳になった孫が私と一緒にお経の本を持って、毎日お経をあげるのが習慣になりました。
南無南無と言いながら、私と同じようにページを捲るのがとてもかわいい姿でした。

3か月して孫たちが帰った後、寂しさはどっと押し寄せました。
しかし、お隣のご夫婦がとても良い方たちで、「うちには男が3人もいるから、困ったときには何時でも力になりますからね」と言ってくださった。冬の雪は除雪機で飛ばしてくださったり何かにつけて助けられました。
平成12年ころ弟が使わなくなったパソコンを持ってきて「頭の体操になるよ」と置いて行ったのがパソコンに手を染める切っ掛けとなったのです。

その後3女が住んでいるマンションに「空きがあるから見に来ない?」と言われて、見に来てこのマンションの住人になったのが、平成17年9月です。
夫が終の棲家として、お庭に水琴窟も作ってくれたあの家を離れて、娘と一緒のマンションに上と下の生活が始まりました。
それからは毎年のように、兄弟姉妹連れ立って旅行を楽しみ、イタリア旅行が最後になりました。
その後平成27年5月、ステージ4の癌が見つかり3か月ほど病院生活を余儀なくされたが、主治医が感心するほどの回復力でした。
もう3年が経ったので検査も半年に1度になり、ここまで生かして頂いたことに感謝しなからの毎日です。

昨日の平成31年元旦には恒例の兄弟姉妹家族が弟の家に集合新年会を楽しんできました。
今年は弟に初めての孫が生まれます。おめでたい年の始まりです。
      元旦
                 花束の代わりに

1月2日、我が家の菩提寺の住職が年始のお参りに見えます。
小さいながらお仏壇を整えて住職のお出でをお待ちしています。
                    
            お布施
            お布施と数珠も忘れずに。
そういえばこのお数珠は先々代の御じい様が使っていたというので相当古く、10年ほど前に房と繋いでいる糸を修繕していただきました。男物ですけれど、夫が亡くなった後私が使わせていただいてます。
プロフィール

piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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