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野の花が好き

          今年も咲いている ”波来草” 

キナミ草

去年は咲いたのだろうけれど、フェンスの陰でみえなかった

調べてみると砂地に咲く花のようだが、いつのころからか、草に交じって咲いている。
シソ科、タツナミソウ属、浪来草、波が寄せてくるような形に咲いているからだろうか?

万葉集の防人のうたに

今替わる新防人が船出する海原の上に波な咲きそね    という歌がある

波が白く立つのを「咲く」と表現したのでしょうね

草なのか 花か知れずも育てをく 花は華麗に咲かずともよし

楚々と咲いている野の花がわたしは好き

タバコシバンムシ

昨日は土曜日娘と朝食を共にする日でした。
簡単に冷やし中華を用意して、薄焼き卵を焼いておいたので、その他の材料は娘に刻んでもらって助かった。
朝食が済んでから、昨日から小さな虫が沢山飛ぶので掃除機に吸い込んだのを見てもらうとまだ生きているではないか。
それを見たら放っておけない娘は早速調べて”タバコシバンムシ”では?と、ホーマックに行って殺虫剤をかってきて、発生源を突き止めなければと台所の掃除を兼ねた、タバコシバンムシの捜索がはじまった。
タバコシバンムシは紙類、小麦粉類(麺類など)ドライフラワー、畳、などが発生源になるという。
とうとう突き止めました、古いキッチンペーパーの間に幼虫の抜け殻がたくさんついています。それを見つけたらあちらもこちらも、とうとう冷蔵庫の裏側までチェック、お陰で台所は掃除と整理で見違えるようにすっきりと整理され、タバコシバンムシも退治することができました。

”お疲れ様夕食”はイタリアンのお店と決まりました、歩いて10分ほど、時々通っていたけれど気が付かないようなお店。

ステーキ

道産牛のリブ ロースステーキがじゅーじゅーと鉄の鍋に運ばれてきました。
ビールは、サッポロクラシック、1日がかりの虫退治に2人でお疲れ様乾杯です。

パエリア

ビールとステーキの後は、このお店の看板メニューの”ストーブで焼くパエリア”を2人で取り分けていただきます。
日本のご飯と違って少し芯があるような気がしたけれど、美味しかった。
ごちそうさまでした

帰りには通りの八百屋さんで西瓜を買って帰り”食後のフルーツ”冷たくて美味しかった。

     早朝

今朝は4時半に目が覚めた。少し早かったけれど、タバコシバンムシは明るくなると、ベランダのガラスに群がっていたので、さてとばかりにカーテンを開けてみると、いません、タバコシバンムシ退治は成功したようです。

豊平川花火大会

玄関でしばらくぶりに6階のSさんに会った。
同じ屋根の下に住んでいるのに、ゴミ出しの時に偶然お会いするくらい。
立ち話をしているうちに「今日は花火大会で毎年1人でさみしいからいらっしゃういませんか?」と誘って下さった。
我が家は1階なので音だけ聞いて”あーはじまった”と思うだけでわざわざ見ることがなくなっていた。

4階のKさんに声をかけてみたら、お隣の方を誘って私と3人でお邪魔することなった。
エレベーターで6階に上がると、私が上がっていくのを待っていてくださって3人そろってSさん宅へ。
お一人暮らしで6階の角部屋、札幌の街の夜景がぐるりと見えて最高の見晴らし。Sさん4人も来てくださってと嬉しそう。

         s-P1180113 (2)

始まりました。豊平川で上げているので下のほうは見えないが、高く上がると、ビルの上にようやくみえる。

s-P1180109.jpg

いろいろ美しいのを撮ったつもりが、満足なのは1枚もないので残念でした。
やはりわたしの腕ではこんなもんです、まあまあ良いことにして今日の記録として残しましょう。

花火が終わってからお話が盛り上がって、今度4人でお食事に行きましょうと約束をしておいとまをしました。

今日の陽射し

昨日はデイサービスの日でした。
思い出すともう4年前になるが、癌の手術をうけて退院後より、包括支援センターの方の家庭訪問を受けて勧められデイサービスに通っている。
最初のうちは、迎えの車で行って帰ってくるのがやっと、というほど体力が落ちていたが、今ではすっかり元気を取り戻した。
内心「もう来なくてもよいです」と言われはしないか?と係の方に話すと、80歳を超えているので特別枠がありますとのこと、かれこれ4年と3か月を通い続けている。
スポーツクラブにあるような運動器具が並んでいて、2時間ほど運動をして一休み、コーヒー1杯ごちそうになって車で送り届けてもらう、なんと有難いことか。

たまたま入院中のファイルを開いてみると、担当医師の病状の説明、手術の方法、危険度など赤裸々にテープを起こした娘の記録か出てきた。
担当医の、言葉を選びながらの説明と、付き添ってくれた弟と2人の娘のやり取りに、その時のただならぬ病状が浮き彫りになって思い出される。
5年生存できれば最高、とされていたその時の話の内容から、今の自分は奇跡の生存としか思われない。
手術の前に担当医から「手術の目的は?」と聞かれて「元の生活に戻るためです」と答えたことを思い出す。
手術後の治療のつらい時「元の暮らしにむどるんでしょ!!」と元気づけてくれたあの時の医師の笑顔を思い出す。

      陽射し

窓から射し込むやわらかい日差しが部屋の壁にレースのカーテンを映し木の枝も揺れている。
こんな何事もない普通の暮らしに戻れた喜びを、しみじみと感じさせる今日の陽射しです。

しばらくぶりに近代美術館へ

7月19日数日前から楽しみにしていた東山魁夷 唐招提寺御影堂障壁画展へ。

何時でも行ける、と思っているうちに7月28日終了日が近づいていた。
そんな折も折、Kさんからお誘いがあり待ち合わせをして先ずはランチを。
しばらくぶりにお会いしたので、お互いに健康を確かめ合いながらおいしくランチをいただきました。

先に近くの美術館で行われていた、水彩画教室の展覧会に立ち寄りました。
趣味とはいいながら作品はそれぞれの個性を出して見ごたえのある作品展でした。

そこから地下鉄東西線の18丁目まで来て下車、歩いて5分、緑に包まれた近代美術館、写真を撮り忘れて残念。

東山魁夷

北海道初公開東山魁夷唐招提寺御影堂障壁画展
【この障壁画は東山魁夷が唐招提寺を開基した鑑真和上に捧げるため、10年の歳月をかけて日本、中国の風景を描いた、まさに画家の記念碑的大作】と書かれてある。
唐招提寺の改修を機に、御影堂障壁画全68面が北海道で公開され、唐招提寺の障壁画の実物を目の当たりにして只々圧倒されました。

唐の国から日本に仏教を広めようと日本海を渡るために何度も失敗、苦労の末に失明をしてまでようやく日本にたどり着いた鑑真和上。1649年、奈良に唐招提寺を建立したことを知る。



上階のカフェでおいしいコーヒーとケーキをいただきながらしばし余韻を楽しみました。少しハードな一日だったなー

Windws7~10へ移行

「Windws7のサービスが4月末日で終了しました」の通知を受けながら使っているうちに「バックアップするように」などと言われるともう心配で、再三世話になっている弟に電話をした。早速来てくれてパソコンを自宅に持って行った。
数日パソコンのない生活をしてみると、如何にパソコンが生活の一部になっていたかが分かった。

4,5日の間のなんと手持無沙汰だったことか、昨日ようやく中身だけが「Windws10」に変身したパソコンを持って弟はやってきた。
使い慣れていた”7”から”新しい10”になって少々の変化はあるけれど、使っているうちに慣れていくだろうと思う。

カエル


早速溜まっていた家計簿の記入を終えてなんとなくホッとしている。

はまなす短歌会

第2金曜日は”はまなす短歌”の日。
午後の1時よりはじまるので、余裕を見て11時12分のバスに乗る。
我が家をでて途中乗り換えまで少し歩く時間もあり、会場に到着まで約1時間半はかかってしまう。
季節が良いので月に1回の遠出は今のところ困難も感じないで楽しんでいる・・・・が雪の降る冬になったらどうなることか?

シャラシャラと金鎖の木は黄金をふりまき地上は平和そうなり

薔薇咲きてさつきつつじも紫陽花もゆうべの雨にけぶれるばかり

光映え目をほそめ見るまばゆさよ青葉しぐれのしらかば林

母植へし蛍袋よいくたびも毟りこし手の嫋やかならず

戦争がどういふものか若者よ知らねばならぬ不穏が躙る

今日は5首が話題になって、どういう場面を何を言わんとしているのかが話し合われた。

戦争の歌が私の歌で、会員の中で戦争を体験しているのは私一人だけ。
戦争は親から聞いた話、または映像をみて知っていると言う人ばかり。

毎年8月15日が近づくとあの日のことを思い出す。
と言うのは、一応「玉音放送」はラジオで聞いたことは聞いたのだけれど、「朕思フニ・・・」からはじまる天皇陛下のお言葉は理解できないうえに、雑音にかき消されて、戦争が勝ったのか、負けたのか、が理解できなかった。

と言うわけで女学校1年だった私は2学期に登校して初めて「戦争は日本が負けて終わった」と言うことを知った。

戦争は軍人だけが戦うものではなく、普通の家庭のお父さんが”赤紙”という命令が下ると、俄かに軍服を着せられて赤い襷をかけて、わたし達”銃後の国民”に見送られて出征して行いった。
その時に歌った見送りの歌、今でも忘れていません。
(勝ってくるぞと勇ましく、誓って国を出たからにゃー、手柄たてずに死なりょうか・・・・・・)というものです。

食料はすべて軍が没収、国民は自給自足の芋、カボチャ、山菜、食べられるものは何でもだべないと生きて行けない時代でした。
学生は勉強をせずに、挺身隊といって兵器の部品を作る工場、またはお父さんが招集されて働き手のない農家の手伝いをした。

「戦争がどういうものか」はその時代に生きていたものが経験して分かるもので、頭で考えただけでは実感として湧いてこないであろう。
今、日本の国に戦争が起きたとしたら、昔の戦争とは違ってもっともっと恐ろしい事態になることは間違いないと誰しも思っていることです。
戦争が起きないことを願うばかりです。

私が戦争の歌を出したので、なんとなく空気が重い感じで歌会は終わった。

帰りには嬉しいことに、先月から入会した方が帰る方向が同じなので、車に乗せて頂くことになった。
カーナビに住所を入力して出発したら、20分で我が家に到着、遠回りをして通っていたのがウソのよう。
「これからは行きもお迎えに寄りますね」と言ってくださった。何と幸運なことだろう、お言葉に甘えることに致します。

s-オオ千成ほおずき
今日の花
オオセンナリホオズキです

どこからか種が飛んできたのでしょうか、夕方にはしぼんでしまいます。

さいた さいた

ようやくゼラニュームが咲きました。

ゼラニューム

我が家にゼラニュームがやってきたのは、何時だっただろうか?
たしか寒い冬でした、小さいポリ袋にチョンと切られた15,6センチのゼラニュームを頂いたのは。
コップに水を入れて挿しておいたら、根がのびてきて少しづつ成長したので、ミズゴケで根をまいて植木鉢に植えました。

可愛がりすぎたせいか、ヒョロヒョロのびてもやしじょうたいになり、春に土に植えると、フニャフニャになってしまった。
根気よく毎日様子を見て形を整えてやったおかげで、蕾を見つけた時は思わず声を上げてしまいました。
よく私の気持ちに応えてくれました。OOruriさんに感謝です。

オトギリソウ
オトギリソウの蕊が生き物のようにあまりにリアルなので見ていたら、蟻がやってきて自由自在に歩いている。
なんとなく蕊が蟻を捕らえようとして動くようにも見える

北海道歌人会

北海道の短歌結社を網羅する短歌大会、第66回全道短歌大会に参加。
3年前、友人達に強引に誘われて参加、偶然にもこの齢になって優勝盾を頂いたのが切っ掛で入会してしまった。
今年の参加者は70名、各地から集まりました。
午前中 特別講演「現代短歌のリアリティ」  講師 藤原龍一郎氏
昼食後は投稿歌70首を10首づつ7名の方での披講した後意見の交換が行われた。
何時もの歌会と一味違った雰囲気で、いろいろな意見が交わされたのは面白かった。

話題になった歌
 
  藤棚の下にふるふる銹た花しんとさびしもははの一生は
 
  マッチ擦る人の少なし岸上の「マッチ」の歌は文化の遺産

  挑戦の二字は己の宝なり負けてたまるか百歳めざす

  減反に水田をなくし堰なくし睡蓮鉢の蛙夜々泣く

  戦争の記憶たしかな夫も老ゆ令和八月近づくゆふべ

  山鳩のグックーボッポー聞きながら妻芋ならべ吾は土盛る

  オドリコソウ春の道辺の一角うを占めて花笠音頭を踊る


”藤棚”の歌が特賞に選ばれました。
~花の盛りを過ぎた藤棚に下がっている廃れた花を見るたびに、苦労ずくめだった母の姿が思い出される~と詠まれている。


戦争の歌を読むと、八月が来る度に戦争を体験した年代には、あの時代がまざまざと蘇ってくる。
普通の家庭のお父さんが赤紙一枚で、戦争の仕方も知らずに戦場に駆り出されたことを思うと、今を生きる私たちは平和ボケをしていて良いのだろうか?と、終戦(敗戦)記念日が来るたびに思いを新たにする。

腕時計

偶然ってあるんですねー、ちょっとびっくりしました。
ガンババさんのブログを拝見したら、すごく立派な時計を新調されたとを知りました。と言うのは私もなんです。

先日長いこと出かける時にはしっかりと私の腕で時間を守っていてくれた腕時計の調子が悪くなった。
何年使ったか分からないほど生活を共にしてきた腕時計なのです。
新調してもあと何年?などとは考えないことにしました。早速妹に電話をして時計を買いに付き合ってもらうことに。

どこで買ったらよいだろうと迷うくらいどこでも時計は買える時代、てっとり早く”ビッグカメラ”へと向かう。
広い広い売り場、時計は何階?二人の老婆はきょろきょろしながら時計売り場に到着。
此処でまたびっくり、ピンからキリは何千円まで、どれにしたらよいのか同じ売り場を何回も回って見た。
~予算は○○で文字盤が見やすい~が条件。とうとう決めました。
店員さんの応対が大変良い、容貌、言葉の感じから東南アジアの出身かな?きちんと教育されていると感心しました。

    時計

今日のお出かけに早速腕に着けて出かけます。あっ バスの じかんです。


追記
新調した時計の何よりも嬉しいのは、文字盤で電波を受けた光をエネルギーに換え、電気を蓄える自動充電であること。
今までのように電池が切れてしまう不便さから解放される。

紫陽花

九州鹿児島での大雨災害をテレビの報道で見聞きするたびに、地球の温暖化、異常気象でこの先地球はどのように変わっていくのだろうと思わずには居られない。

用事があって中島公園をしばらくぶりに訪れると、観光客が多いのにびっくり、それも家族ずれで小さい子供も一緒に大きな声で楽しそうに会話をしながら通り過ぎてゆく。

アジサイ

このあたりは、あまり人通りがなく静か。
紫陽花が咲き始めて”菖蒲池”がさながら紫陽花池になったように見える。
九州の方には申し訳ないくらい雨が降らない北海道、紫陽花が雨を欲しそうに空を見上げている。

  公園の 池を縁どり 咲きはじむ あぢさゐの花 あかねさす昼

しばらくぶりのミシン

数日前にクッションを仕上げようとミシンを出したときは調子が悪いのであきらめていた。
昨日は諦められずに再び重いミシンを取り出した。
業者に掃除をしてもらってから何年経ったのだろう、かれこれ20年も前の話だ。
先ずボビンケースの入っているふたを開けてボビンをはずしてみると、20年のごみがたまっている。
業者に頼んで掃除をしてもらおうか?と考えたが、ひまに任せて自分でできるところだけでもと思って始まった。
分解はできないから、目打ちの先にティッシュを巻き付けて汚れを掻きだす。

ごみ
糸くず、綿ゴミがこんなに出てきました。
あの狭いところに、これだけのものが挟まっていればミシンも動けないのは当然。
コードを差し込んで少しづつ動かしてはどこかに挟まっているごみを見つけては掻きだす。
こわごわとためし縫いをしてみると何とか縫えそう、さあ今日は恵子さんのポシェットを作って見ます。

ポーチ1
恵子さんが、作業所での仕事中にも携帯電話その他を入れて身に着けておくポシェットにしようと、残りクロスに花の模様を刺してあった。
ただの袋に紐をつけただけの簡単なポシェット。それでもミシンのご機嫌をとりながら作るのは大変だった。

ぽーち2
出来上がりました。 後ろにもお花が刺してあります。

ポシェット3
恵子さんのお好みです。満足な出来ではないがミシンのせいにしておきましょう。
指先の感覚が思うようでないので、こまかい作業がこんなに大変だとは思わなかった。

裏の花

昨日までの強い風も止み、今朝がたのパラパラと落ちていた雨も止んで陽が射してきた。
どれどれとばかり、ベランダに出て下を見ると数日で花が咲きだしている。

裏の花7
蕊をピンピンとオトギリソウ、咲き終わって赤い実をつけているのもある

裏の花1
ミニギボウシ、春に根を分けて植え替えたので、のびのびしたね

裏の花3
   これは ハーブ 名前を忘れてしまった

うらのはな4
去年まではここにいなかったドクダミが、ちゃんと花をつけている。

裏の花5
ホタルブクロ 風にもまれてよれよれになって咲いている

裏の花6
ナミキ草 風に揺れて少々ぶれたがきれいな紫
木漏れ日ちらちらが似合っているね

裏の花2
お友達からチョンッと枝先を頂いた”ゼラニューム”にようやく蕾がつきました。
室内で育てていたので、弱弱しかったのが曲りなりに成長しました がんばってー


猫の額ほどの花畑だが、花たちは一生懸命わたしを慰めてくれる。
夏の間、この花たちがここで咲いていることで日常に動きがあり、心に潤いを与えてくれる。
今の状態がちょうど自分の身にふさわしいのだとおもう。



プロフィール

piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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