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はまなす短歌会

第2金曜日は”はまなす短歌”の日。
午後の1時よりはじまるので、余裕を見て11時12分のバスに乗る。
我が家をでて途中乗り換えまで少し歩く時間もあり、会場に到着まで約1時間半はかかってしまう。
季節が良いので月に1回の遠出は今のところ困難も感じないで楽しんでいる・・・・が雪の降る冬になったらどうなることか?

シャラシャラと金鎖の木は黄金をふりまき地上は平和そうなり

薔薇咲きてさつきつつじも紫陽花もゆうべの雨にけぶれるばかり

光映え目をほそめ見るまばゆさよ青葉しぐれのしらかば林

母植へし蛍袋よいくたびも毟りこし手の嫋やかならず

戦争がどういふものか若者よ知らねばならぬ不穏が躙る

今日は5首が話題になって、どういう場面を何を言わんとしているのかが話し合われた。

戦争の歌が私の歌で、会員の中で戦争を体験しているのは私一人だけ。
戦争は親から聞いた話、または映像をみて知っていると言う人ばかり。

毎年8月15日が近づくとあの日のことを思い出す。
と言うのは、一応「玉音放送」はラジオで聞いたことは聞いたのだけれど、「朕思フニ・・・」からはじまる天皇陛下のお言葉は理解できないうえに、雑音にかき消されて、戦争が勝ったのか、負けたのか、が理解できなかった。

と言うわけで女学校1年だった私は2学期に登校して初めて「戦争は日本が負けて終わった」と言うことを知った。

戦争は軍人だけが戦うものではなく、普通の家庭のお父さんが”赤紙”という命令が下ると、俄かに軍服を着せられて赤い襷をかけて、わたし達”銃後の国民”に見送られて出征して行いった。
その時に歌った見送りの歌、今でも忘れていません。
(勝ってくるぞと勇ましく、誓って国を出たからにゃー、手柄たてずに死なりょうか・・・・・・)というものです。

食料はすべて軍が没収、国民は自給自足の芋、カボチャ、山菜、食べられるものは何でもだべないと生きて行けない時代でした。
学生は勉強をせずに、挺身隊といって兵器の部品を作る工場、またはお父さんが招集されて働き手のない農家の手伝いをした。

「戦争がどういうものか」はその時代に生きていたものが経験して分かるもので、頭で考えただけでは実感として湧いてこないであろう。
今、日本の国に戦争が起きたとしたら、昔の戦争とは違ってもっともっと恐ろしい事態になることは間違いないと誰しも思っていることです。
戦争が起きないことを願うばかりです。

私が戦争の歌を出したので、なんとなく空気が重い感じで歌会は終わった。

帰りには嬉しいことに、先月から入会した方が帰る方向が同じなので、車に乗せて頂くことになった。
カーナビに住所を入力して出発したら、20分で我が家に到着、遠回りをして通っていたのがウソのよう。
「これからは行きもお迎えに寄りますね」と言ってくださった。何と幸運なことだろう、お言葉に甘えることに致します。

s-オオ千成ほおずき
今日の花
オオセンナリホオズキです

どこからか種が飛んできたのでしょうか、夕方にはしぼんでしまいます。

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piroko

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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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