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歌碑を尋ねて吟行会

お天気を心配していたが、9時30分、大型バスで出発する頃には、からりと晴れてバスツアー日和となる。
和気藹々、総勢43名は夕張を目指して出発しました。
短歌を趣味とする人はほとんどが60歳以上で、このような行事に参加する方々は皆健康高齢者です。
そういう私、危なく数日前から風邪を引いて、病院の薬を飲みながら今日に備え、どうにか回復することができた。
出発から1時間半、バスは目的地夕張に到着、爽やかに晴れ上がった秋晴れの”滝之上公園”へと向かう滝之上公園10
もうこんなに紅葉してすっかり秋の風情の滝之上公園です。

落ち葉
苔の緑と落ち葉のくれない、真新しい今一番美しいコラボレーションです。

歌碑


 龍神の昇れるならむとどろきの峡の激湍紅葉の色    敏彦 

昭和56年10月16日 「北炭夕張炭鉱」はガス突出事故による鉱内の火災をとめるために、坑内に残された安否不明の93名の人々を残したまま水を注ぎ込んで火災を止めると言ういたましい事故があった。
その時の日々映し出されるテレビ放映をまざまざと思い出す。

この”龍神”の歌は新墾社の主宰、足立敏彦先生が詠まれた一首です。
「・・・・・今、夕張市は財政再生団体にされている。戦中戦後を国のために尽くした炭鉱がすべて閉山に追いやられたのは誰の所為か。夕張川の上流の渓谷で「竜泉峡」と呼ばれる奇岩を削る急流をみせる、その激湍はまさに震怒の響きであり、そして、色濃い紅葉は労働に身命を賭して亡くなった人々への鎮魂の炎である」との足立主宰のことば。

滝之上公園1
橋の上から見ると、その流れの凄さがよく分かる。ごうごうと音をたてて流れている。

滝之上公園3
あちらからも、こちらからも小さな滝が流れ落ちている。

滝之上公園4
河の両岸を眺めると、激しいながれにはわれ関せずとばかり、季節を秋へと誘って美しい景色を見せてくれる。
その昔、炭鉱が盛んな時代は、洗炭で黒い河となって流れていたと言う。

滝之上公園5
都会では味わえない、自然の移り変わりを肌で感じ、目で見て、美味しい空気をたくさん吸って公園を後にします。

滝之上公園2
当時の発電所の赤いレンガの建物が、夕張炭鉱の遺産のように佇んでいました。

さあ、今見て、感じた事柄を一首に纏めなければなりません。即詠です。公園のベンチを机にして短冊に書きました。
係りの人はそれぞれの短冊を集めて、歌会の会場”清水沢公民館”へ向かいます。30分程で着きました。
昼食の後、43首を一人一首づつ読み上げて披講、先生の講評とすべて終了させるという忙しさ。
普通の生活では経験できない早業を無事に終了して、帰宅の途に就きました。
お疲れ様でした、余裕のある方は?とお誘いの言葉に、もう限界とばかり皆さんにさよならして家路に着きました


夕張の龍神の歌碑揺らぎなきぬばたまの夜茜さす昼

  夕張の山峡なりき鎮魂の歌碑に地底の声ひびきくる

  龍神の血潮の滾りうつしよにまみえて眩し 紅葉相聞

 苔の道歩みて行けば滝の音 はじめまして龍神の歌碑

 もみじをばほほに当てつつ笑いつつ乙女は歌碑を見ずにすぎゆく

 「滝之上」の檄湍の音によみがえる ふく子、慶一、哲雄氏ら 嗚呼  
 
  岩をかむ早瀬はつねに淀まざり 歌碑にしみいる震怒のひびき

 龍神の隠れる峡に佇めば水の響きが身に谺する

43首の中から数首を載せてみました。

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piroko

Author:piroko
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1933年生まれ
デジカメを片手に花を撮って歩くのが趣味でしたが、今では身のまわりの取材でお茶を濁しているつまらない「私日記」

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